長編
□永遠の誓い
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九郎が鎌倉から帰ってきて彼女と祝言をあげたら、気軽に彼女と会うこともきっと叶わないだろう。
その前に…ほんの少しだけでもいい、彼女と時間を共有したかった。
彼女と九郎を見守ると決めたのに…彼女に想いを告げないと決めたのに…
未練がましいかな…。
でも、報われない想いを抱く哀れな男の小さな願いぐらい神も許してくれるだろう。
++++
京邸に望美さんに会いに行くと、庭先の縁側に腰を下ろしている彼女がいた。
彼女の視線の先にあるのは雲一つない空だった。
その空に誰の姿を思い浮かべているのかは…考えるまでもないぐらい簡単だった。
「望美さん」
一向にこっちに気付かない彼女にそっと声をかける。
「あ、弁慶さん。来ていたんですか」
「ええ、ずっと君を見ていたのに全く気付いてくれないので」
「ごめんなさい、少し…考え事をしていました」
…その考え事とは、九郎のこと…ですね。
何、嫉妬しているのだろう。
この気持ちを伝えないと決めたというのに…。
「あの弁慶さん、私に用事ですか?」
「ええ。望美さん、明日…何か用事はありますか?」
「明日ですか?いいえ、特にないです」
「なら、明日は僕と出掛けませんか?」
「わぁ…!行きます!」
「ふふ…良かった」
笑った顔の望美さんはどこか幼く感じた。
その顔が愛しく想うようになったきっかけだったのかもしれない。
輝く笑顔を守りたいと思った。
「あ、それなら他のみんなも誘いませんか?大勢で出掛けた方が楽しいですよ」
望美の言葉に弁慶は自傷気味に苦笑した。
…本当に、君は全く僕の気持ちには気付いてないんですね。
正確には、僕が決して気付かれないように振舞っていたせいだけど…。
「僕と二人では嫌ですか…?」
弁慶は少し悲しそうな顔をして望美に呟く。
すると、望美は慌てて首を振り弁解した。
「違います!!そんなことないです!」
「本当に…?」
「本当です!!」
「では…明日は二人でということで構わないですか?」
「はい。けど…私と二人っきりなんて弁慶さん退屈するんじゃ…」
「そんなことありませんよ。君と一緒だと退屈なんてしないですよ」
「それ…どういう意味ですか?」
「ふふ…。君みたいな可愛らしいお嬢さんと一緒に出掛けられるなんて身に余る光栄だということですよ」
「もう…またそんなこと言って」
君は…本気だとは思っていないのだろうけど、僕はいつだって君を見つめている。
たとえ九郎のモノになろうとそれは変わらないだろう。
僕の女神は君で、一生変わることはない。
僕は生涯この想いを秘めて生きていく…。
++++
「弁慶、もう帰るのかい?」
少し望美と話しこんだ後、京邸を後にしようと腰を上げた弁慶の元に景時がやってきた。
「ええ、そろそろ帰らないと僕を待ってくれている患者さんたちがいますから」
「少しだけいいかい?」
「ええ、構いませんよ」
「望美ちゃん、朔が君を呼んでいたよ」
「あ、はい。じゃあ弁慶さん、また明日」
「はい」
パタパタ…
望美の足音が聞こえなくなってから、景時は縁側に腰を落とし話し始めた。
「弁慶、君も座りなよ」
言われるまま弁慶は上げた腰を再び降ろし、景時も向き合うよう座った。
「実は、早馬で鎌倉から使者が来たんだ。九郎は鎌倉を発ったそうだよ、時期に帰ってくる」
「そう…ですか」
「望美ちゃんにも教えてあげたかったんだけど、九郎が驚かせたいから黙ってて欲しいって言ってきてね」
「九郎らしいですね…」
弁慶はどこか穏やかで、寂しそうな笑みを浮かべる。
「弁慶…君は本当にいいのかい?」
「はい?何のことですか?」
「…望美ちゃんの事だよ」
弁慶の表情は変わらない。
「望美さんの事とは?」
「弁慶…惚けるなよ…。君は望美ちゃんの事を…」
正直、不覚だった。
他人に自分の気持ちに気付かれていたなんて。
隠し通せない程、自分の気持ちは溢れている。
「景時、僕は君が何のことを言っているのかさっぱりわかりません」
「弁慶…!」
「僕は九郎と望美さんの幸せを祈っている…それだけですよ」
「弁…慶…」
「話はそれだけですか?」
「あぁ…」
「では、失礼します」
弁慶は足早に京邸を後にした。
「弁慶…俺は君にも幸せになってほしいよ…」
景時の呟きは弁慶には届かなかった。
景時…君の心遣いはわかりますが、僕はもう決めてしまっているんですよ。
彼女にはこの想いは告げないと。
僕の願いは、彼女の幸せ。
彼女を幸せにできるのは僕じゃない、九郎だ。
そして、九郎も僕にとっては大切な親友と呼べる存在。
二人が幸せになってくれればいい…。
僕は自分を偽ることに慣れてしまった。
君には想いは伝えない…
これは僕が決めた永遠の誓い。
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