長編
□永遠の誓い
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その夜、弁慶はなかなかい寝付けなかった。
早く明日になってほしい気持ちと、なってほしくない気持ちが交差して眠れなかった。
明日は望美さんと出掛ける約束をしている。
彼女と出掛けるならきっとどこへ行こうと楽しいだろう。
でも、きっと明日で最後になるだろう。
望美さんと二人で出掛けることなんて…。
「…望美さん」
結局、弁慶は一睡もできなく日の出を迎えた。
でも不思議と眠気はなかった。
++++
弁慶は朝のうちに薬師としての仕事を終わせ、昼になる少し前に望美を迎えに京邸へやって来た。
その向かう足取りはどこか鉛を背負ったように重かった。
そして、京邸へ着いた弁慶を出迎えてくれたのは景時だった。
「やぁ…弁慶」
「景時…」
昨日のこともあってか、景時はどこか気まずそうだった。
もちろん弁慶も気まずいのだが、それを顔には出さない。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは景時だった。
「その…昨日はごめん…」
景時の言葉に弁慶は一瞬呆気を取られた。
「ふふ…」
「弁慶?」
弁慶は思わず苦笑した。
自分は昨日のことは何もなかったように振舞おうと思っていたが、景時は謝ってきた。
良くも悪くも、とても素直な人間だ。
そして…彼に似ているんだ、自分が羨ましくて仕方ない彼に。
「君の素直な所は九郎とよく似てる…僕も、それぐらい素直だったらよかったんですが…」
「弁慶…」
いまさらどうしようもないですね、と弁慶は目を伏せる。
「僕は自分を偽るのに慣れすぎてしまったみたいです」
そう言う弁慶の顔はどこか悲しそうで、痛々しかった。
「人のいい所は人それぞれ違うよ、九郎には九郎の、弁慶には弁慶のいい所があるよ」
景時の言葉に弁慶は少し心が軽くなったような気がした。
「…ありがとう」
弁慶は素直に景時に感謝した。
パタパタ…
「べーんけーさーん!」
まるで空気を読んだようなタイミングデ望美が走りながらやって来た。
「おはようございます!待ちましたか?」
「いえ、今来たばかりですよ」
「よかった、じゃあ行きましょうか」
「そうですね」
嬉しそうな望美に、さっきまで固い顔をしていた弁慶にも自然に笑顔が戻った。
望美はくるっと景時に振り返る。
「景時さん、いってきます」
「うん、楽しんでおいで」
「はい!」
それじゃあ出発…っと言いかけた望美の言葉は遮られた。
「望美!!」
急ぎ、慌てた廊下の向こう側から朔がやってきた。
「朔?どうしたの」
「もう、まだ気付いてないの?」
「え?」
「忘れ物よ」
「あっ!!」
朔の手には少し大きな風呂敷に包まれた物があった。
「朔殿、それはなんですか?」
「弁慶殿、これはですね望美が…」
「わぁー!!わー!」
朔の言葉を望美が遮った。
「望美さん?」
「ふふ、望美ったら照れなくてもいいのに…」
「望美さん、その包みは何なんですか?」
「…お弁当です」
望美がポツリとやっと聞き取れるぐらいの声で呟いた。
「お弁当?」
弁慶は素で驚いてしまった。
「弁慶殿、望美ったら朝早くに起きて頑張って作ったんですよ」
「朔…!」
望美は照れているのか顔が赤い。
「君が…僕の為に…?」
「はい…。弁慶さん…何だか最近あまり元気なかったでしょう?だから、少しでも元気になってほしいなって…」
…いつも通り振舞っていたつもりなんですがね。
君の洞察力がすごいのか…、僕の策士の腕が落ちたのか…。
どちらにしても、嬉しかった。
望美が自分を気にかけていてくれたことが。
「望美さん、ありがとうございます」
望美の気遣いは仲間としてのものだろうけど、それでも…。
こんなに嬉しく思ってしまう…愛しく想ってしまう。
++++
弁慶と望美はまず市にやって来た。
たくさんの商人達が店を出していて、人もたくさん集まっている。
気をつけていないと、はぐれてしまいそうなほどだ。
「わぁ〜!すごい人!」
無邪気にはしゃぐ望美に弁慶の顔も自然に綻ぶ。
「今日は祝日ですからね、みんな集まっているんですよ」
「弁慶さんは市に来たかったんですか?」
「来たかったというと、少し違いますね…」
「え?」
望美は弁慶を覗き込むように首を傾げる。
「君に…何かお礼がしたかったんですよ」
「お礼?」
「ええ、君は神子として平和をもたらしてくれた、僕はずっと争いが終わることを願っていた、だから…」
「そんな、お礼なんて…!」
「嫌でなければさせてくれませんか?」
「でも…」
「駄目、ですか…?」
望美はこの悲しそうに言ってくる弁慶の顔に弱かった。
「…はい、じゃあお願いします」
「ふふ、よかった」
「でも、忘れないでくださいね。今の平和は私の力だけじゃなくて、弁慶さんやみんながいたからこそあるものですよ」
「僕も、ですか…」
「そうです!」
「では…そういうことにしときましょうか」
「もう、弁慶さんってば…」
多くの罪を重ねた自分が、尊い白龍の神子である彼女の八葉であったことすら今でも信じられないぐらいだ。
…平和になっても、僕はきっと幸せにはなれない。
なる資格はない。
「遠くからやってきた商人もたくさんいますから珍しい物もありますよ。何かほしい物があったら言ってくださいね」
「はい。でも、本当に色々ありすぎて迷っちゃいます」
「一つでなくても構いませんよ?」
「だめですよ、悪いです」
「最後になるのだし、我侭を言ってほしいんですよ」
「最後…?」
「そうです、人の妻となった人が他の男と二人で出掛けたりなんてできないでしょう?」
「他の男って…、弁慶さんは八葉の仲間ですよ!」
「八葉であっても、僕は男です」
とくに僕は…。
「男って…」
「君は…無防備すぎます、僕が君に浅ましい欲望を抱えていないとは限らないんですよ…?」
そう言った弁慶は望美の手を強く握った。
「いっ…痛い!弁慶さん!」
弁慶はハッっと我に返った。
自分は何をしているんだ…、何を言おうと思っているんだ。
固く決めたはずなのに…。
「すいません…」
我に返り、慌てて弁慶は望美の手を放した。
「…でも、覚えておいてくださいね。君は人を信じすぎる所がある…」
「弁慶さん…」
「この話はおしまいです、行きましょう」
弁慶は望美に視線を合わすことなくは歩き出した。
望美も弁慶の半歩下がって歩き出す。
…びっくりした。
弁慶さんが急にあんなこと言い出すなんて。
八葉のみんなが男であることはわかっていたけど…。
でも、仲間としての意識が強かった。
望美は少しドクドクしている胸に手をそえた。
…九郎さん…、早く帰って来て。
会いたい…。
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