長編

□永遠の誓い
5ページ/26ページ

その後、しばらく二人はどことなく気まずい空気の中、市を見回った。


…このままじゃ、せっかくの望美さんとの時間を台無しにしてしまいますね…。


望美はさっきから弁慶が話しかけても、「はい」、「そうですね」と一言返事するだけだ。


このままは嫌だと、弁慶は口を開いた。





「望美さん」

「はい…?」


弁慶は立ち止まり、望美と視線を合わせる。

望美は反射的に逸らしてしまった。


「さっきはすいませんでした…」

「え!ど、どうして弁慶さんが謝るんですか!?」

「君を嫌な気持ちにさせてしまって…」


すみません、と弁慶は深々と頭を下げた。

すると、望美は慌てて首を振った。


「そんなことないです!!ちょっと、驚いただけで…」


頭を上げてくださいと望美が促すと弁慶は眉を潜め、恐る恐る頭を上げた。


「…望美さん、怒っていませんか?」

「全然怒ってなんかいません!」

「本当に…?」

「本当です!」


望美の言葉に落ち着いたのか、弁慶はホッと胸を撫で下ろした。


「そうですか、良かった…」


一息つくと弁慶は、はにかむように笑った。

それは望美が今まで見たことのない笑顔。

自分が気が付かなかっただけかもしれないが、望美はその弁慶の顔を初めて見た。


…弁慶さんってこんな顔もするんだ…。


意外だった。

九郎なら感情が顔に出やすく、よく笑い、よく怒る。

しかし、弁慶はいつも穏やかな笑った顔が目立つ。

どこか、他人とは一線引いているような気がした。

だから、弁慶が自分にこんな風に笑ってくれるなんて意外だった。






++++






二人はそれから望美の作ったお弁当を食べた後、ゆっくりと市を見回った。

茶店に入り団子を食べたりと、時間を楽しんだ。

そろそろ、市をひと回りしたぐらいの時、ふと望美の足が止まった。


「あ…いい匂い…」

「匂い?」


弁慶がクンクンと匂いを嗅ぐと、たしかにどこからか匂いが漂ってきた。

その匂いに誘われるように向かう望美に弁慶も後を追った。

少し歩くと、市から外れたところに出た。

そして、小さな雑貨やのような店があった。


「さっきの匂いは…これかな?」


望美は店の表に置かれている小さな匂いを放つ袋に手を伸ばした。


くん、くん


「ん〜、いい匂い…」


どこか甘いような匂いを放っていた。

どれどれと弁慶も嗅いでみると、まるで花の蜜のような甘い匂いがした。


「弁慶さん、私これにします」

「え?」

「この匂い袋がほしいです」

「これでいいのですか?」

「はい」

「それなら、他にも…」

「あっ、いいんです!本当にこの匂い袋だけで十分ですから」

「…そう、ですか」


弁慶はほんの少しだけ残念そうな顔をしたが、望美は気付かなかった。






+++




弁慶に匂い袋を買ってもらい、ご機嫌の望美は京邸に帰って来た。

もちろん弁慶に送ってもらって。


「望美さん、今日は僕に付き合ってくれてありがとうございます」

「いいえ、私こそありがとうございます」


あの時の気まずさが嘘のように、望美は笑顔を向けた。

それに、弁慶の表情も自然に柔らかくなった。


「喜んでもらえたなら、嬉しいですよ」

「また、連れて行って下さいね」


望美の無邪気な言葉に弁慶は苦笑した。


「望美さん…。前にも言いましたが人の妻となった人が他の男と出掛けたりなんかできないですよ」

「それなら、三人で出掛けましょう!」

「三…人?」


目を丸くする望美を他所に、望美は元気よく答えた。


「私と弁慶さんと、九郎さん!」


三人でなんて、二人を目の前で目の当たりにして辛いだけ。

そんなことになれば、生殺し状態だ。


「三人なら、問題ないでしょう?」

「…そうですね」

「じゃあ、また弁慶さんとお出かけできますね!」


…そんな風に嬉しそうな顔をされたらたまらなくなる。


「…では僕はこれで」

「はい、弁慶さん本当にありがとうございます」


弁慶は足早に京邸を去っていった。

これ以上望美と一緒にいると抑えられなくなりそうだったから…。

望美はまた一緒に出掛けようと言ってくれたけど、きっとそれは二度とないことだ。

夫婦となった二人を、九郎のものになった望美を近くで見ているなんてできない。

耐えられない。








++++







その夜、弁慶は家には帰らず一晩中散歩をしながら空を眺めていた。


空は綺麗な満月がでていて、弁慶は望美を思い出す。



「望美さん…」



初めはあの月に帰ると思っていた天女。



しかし天女は月には帰らず、この世界に留まった。



そして自分ではなく別の男と生きることを選んだ。



手の届く場所にいて、手が届くことはない。



それが…辛い。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ