長編
□永遠の誓い
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ねぇねぇ、朔」
「どうしたの望美?」
朔は書物に目を落としながら答えた。
「さっき誰か来たみたいだけど…」
「あぁ、弁慶殿よ」
「弁慶さん?」
「えぇ、兄上がお呼びになったみたい」
「ふぅん…」
朔は書物から目を逸らし、望美と向き直る。
「どうしたの、何か気になるの?」
望美がどこか元気がないように感じ、朔は心配そうに声をかける。
「うん…何だか今日、景時さんに避けられてるような気がして…」
「兄上に?」
「うん…」
「そういえば…私もなんだか兄上に避けられているような…」
「朔も?」
「えぇ」
「…もしかして、九郎さんまた帰るの長引いちゃったのかな…」
「そうかもしれないわね。兄上のことだから気をつかっているのかも」
「う〜ん…」
「気になるなら、兄上に直接聞いてみたら?」
「うん、そうしようかな」
パタパタ…
朔は望美が遠ざかっていくのを見ていた。
この時、朔が望美を止めていたら何かが変わっていたのだろうか…。
++++
「…な…っ」
弁慶は声を震わす。
「…うっ…っ…九郎が…っ」
大粒の涙を流す景時とは対照的に、弁慶は何とか冷静を装うとする。
「景時…泣いていてはわかりません、詳しく話してください」
「…っ…あぁ…」
景時は涙を拭い話し始めた。
「…今朝…早急の使者が来たんだ…これを…」
弁慶は景時から書状をらしきものを受け取り、読みだした。
文を読んでいる弁慶の手は震えていた。
内容は、とても信じがたいことであった。
九郎は鎌倉を発ち、京に、望美の元に戻る途中、九郎は夜盗に襲われている女人と出会った。
九郎は野党に女性を離すように説得したが、野党は聞き入れなかった。
それならばと、強行突破しようとしたが女人を盾にされ手出しが出来なかった。
もし、正々堂々と剣を交えてえていたら九朗の腕なら負けるはずないがなかった。
しかし、女人を盾にされ身動きが取れなかった。
そして…斬られた。
文の最後には『源九郎義経・死去』
そうハッキリ、単直に記されていた。
「そんな…九郎が…」
震えが止まらない。言葉が続かない。
人の世は何が起こるかわからないもので、人の命は儚いものだということは弁慶もよく分かっている。
でも、なぜ九郎が…。
よりによって今なのか…。
彼女は…望美さんはどうなるのか…。
弁慶は口を閉ざし、俯く。
部屋には景時の嗚咽のみが響く。
カタッ…
「…!?」
僅かな音にも敏感に反応した弁慶が振り返ると、そこには肩を震わす望美がいた。
「望美…さん」
「嘘…そんな…」
「…!望美さん、聞いて…」
弁慶の背に冷たい汗がはしった。
「嘘だよ…だって…九郎さん…帰って来たら祝言あげようって…」
「望美ちゃん…」
景時も涙を止め、望美を振り返る。
「いやっ…いやぁぁぁぁ!!!!」
「望美さん!!」
「望美ちゃん!!」
頭を抱え、床に崩れ落ちる望美。
「いやぁ!!いやっ!!」
望美は発狂したかのように叫び暴れだした。
辺りにあるものを手当たり次第に投げ、自分の顔に爪をたてる。
「望美さん!!」
弁慶は望美の手を掴み押さえつけ、自身の懐で抱き締める。
「いやあぁぁ!!九郎さん!!九郎さんっ!!」
望美は弁慶から逃れようと、弁慶の胸を何度も強く強く叩く。
抵抗から望美の手が弁慶の頬に触れ、爪がピッと擦る。
「っ…!望美…さん」
「いや!!ああぁぁ!!」
弁慶は懐から粒状の薬のような物を取り出し、口に含んだ。
「いやぁぁ!!いやぁ!!」
「望美さんっ…!!」
弁慶は望美の唇に己の唇を重ね合わせ、叫び声を遮る。
「んっ…!!」
そして先程、口に含んだモノを望美の口に移し飲み込ませる。
ゴクリ。
弁慶は望美が飲み込んだことを確認すると、口を解放した。
「な…に…?ぁ…」
次第に望美の意識は薄れていった。
「弁慶!!望美ちゃんに何を…!」
「即効性がある眠り薬ですよ…、さっき患者さんに届けたものが少し余っていて…」
『こんなことで役に立つなんて…』と、弁慶は苦笑する。
「…望美ちゃん、これからどうする?」
「…今はとりあえずゆっくり眠らせてあげましょう…」
「そうだね…」
「景時、朔殿にはもう九郎のことは伝えましたか?」
「まだ…」
「いずれわかることです…伝えましょう。望美さんは起きたら精神的に不安定になるでしょうから朔殿にはなるべく彼女の側に付いていてもらいたい」
「あぁ…」
九郎…。
どうして彼女を残して死んだりしたんですか…。
彼女に必要なのは君なのに…。
彼女が求めているのは君なのに…。
僕じゃ…だめなのに…。
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