長編

□永遠の誓い
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出会った時は、怒りっぽいし、絶対この人とは合わないと思っていた。


けど、すぐに分かった。


あの人は…優しくて真っ直ぐな人。


『九郎さん』と、そう私が名を呼べば、『どうした』と、笑顔を返してくれた。


怒りやすくて、よく喧嘩もした。


でも、すぐに謝ってくれた。


『悪かった…』、そう言って…いつだってあの人は優しかった。


好きで、大好きで、あの人から、『お前が好きだ』と告げられた時は涙が止まらなかった。


この世界に残ったのも、『俺の側にいてくれ』と、そう言われたから。


なのに…どうして?


どうして私を置いて逝ってしまったの?


『帰ってきたら、祝言をあげよう』


そう言ってくれたのは九郎さん、貴方なんだよ?


それなのに…


どうして…


一人で逝ってしまったの…


私を…一人にしないで…。













++++











「…はぁ」


景時の足取りは重かった。

そう、これから妹に九郎のことを話しにいくから。

先程の望美の顔が頭から離れない。

泣いて、叫んで、痛々しい望美の顔が、声が。





「朔」

「兄上」

「ちょっといいかい?」

「えぇ。兄上、望美と会いませんでしたか?」

「…」


景時は言葉に詰まった。


「兄上を探しに行ったんですが、戻って来なくて…」

「朔…、その望美ちゃんと九郎の事で話があるんだ」

「兄上…?」


朔は、明らかにいつもと違う様子の兄に気が付いた。


「兄上…何かあったんですか?望美は…」

「…話すよ、落ち着いて聞いて」






ポツリと話し始めた景時の言葉を聞いていくうちに朔の顔は見る見る強張っていく。


ガクッ


朔は腰を抜かしたようにその場に沈み込んだ。


「嘘…そんな…九郎殿が…」

「朔…」

「兄上…嘘、ですよね?そんなっ…」


朔は震えが止まらない。


「…嘘でこんなこと言えないよ」

「そんなっ…!」


朔は手で口を覆い、言葉を飲み込む。


「朔、望美ちゃんのことだけど…」


ハッとしたように朔は顔をあげる。


「望美は!?あの子…兄上を探しに…!」

「…望美ちゃんは俺と弁慶の会話を聞いていてね…すでに知ってるよ」

「今、望美はどうしているんです!?」

「…暴れだしたから、眠らせてあるよ。今は弁慶が付いてる…」

「…望美…」

「朔、朔には気をしっかりもっていてもらいたいんだ、望美ちゃんが目を覚ました時、付いていてあげてほしい」

「えぇ…わかってます」


朔は滲む涙を拭う。

自分も愛する人を失ったから、望美の気持ちは痛いぐらいにわかる。

辛くて、悲しくて、どうすることもできない喪失感。

それを今、親友が味わっているのかと思うと、心が酷く痛んだ。












++++











「…ん…」


望美が目覚めれば、そこはいつも見ている京邸の天井。


「あれ…?」


望美は自分の目に手をやれば涙が流れていた。


「私…どうして…」


泣いてるの?…とは声が出なかった。


「っ…!!!」


そうだ…

さっき、私は何かを弁慶さんに飲まされて、意識を失って…それで…


「九郎…さん…」


望美は震える自分の身体を抱きしめる。


「うっ…あ…九郎…さっ…」


望美は、景時と弁慶の会話を思い出す。

九郎が…死んだと…。


「あ…っ…」


何かが望美の中で弾けた。


「っ…」


ふらりと望美は立ち上がり、おもむろに歩き始めた。

部屋の片隅にある小さな棚から、あるものを手に取った。

それは…剃刀。


「…」


望美は小さく息を吸い、剃刀を自分の手首に押し当てた。


「九郎さん…待っててね…私も…すぐに行くから」


貴方のいない世界で生きていくなんてできない

私も一緒に連れていって…

九郎さん…。

剃刀を引こうとした…その時


「望美さん!!」

「…!?」


部屋に入ってきた弁慶は急いで望美から剃刀を取り上げた。


「嫌っ!!返して!」

「望美さん!」

「死なせてよ!!」

「落ち着きなさい!」

「私を九郎さんと一緒に死なせてっ!」





パンッ!







望美は一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐにわかった。

弁慶が自分の頬を叩いたのだと。


「命をなんだと思っているんですか!!」


びくっ…と望美は驚いた。

望美はこんな弁慶を見たのは初めてだった。

弁慶がこんな風に怒りを露にさせるなんて…。


「…君が死んで九郎が喜ぶと思っているんですか!?」

「…っ…」

「違う…でしょう?」

「だって…だって…っ…」

「九郎を想うなら、九郎の分も生きるべきです」

「っ…!」

「九郎は君の泣き顔なんて望んでいない」


そして僕も…。


「生きてください…、九郎のために…なにより君自身のために…」

「弁慶…さん…っ」


望美の瞳からは涙が止めどなく流れ落ちる。


「今は泣いてください、いつか笑える日がくるように…」

「…っ…わあぁぁぁぁぁぁ!!」



泣き崩れる望美を弁慶はそっと抱き締めた。



望美の泣き声は梶原邸に響き渡り、その声は景時や朔の耳にも届いた。



響き渡る声が止んだのは、彼女が意識を手放した時だった。



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