長編

□永遠の誓い
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一晩中、泣き続けた望美は弁慶の胸の中で意識を手放した。

目は赤くはれ、疲れきってる望美は死んだように眠り続けた。

望美が眠っている間、弁慶は望美の側にいたが、薬師としての仕事もあり朔に望美を任し、京邸を後にした。


「朔殿、望美さんのことお願いします」

「ええ、わかっています」

「僕も仕事が終わったらすぐに様子を見に来ます」

「弁慶殿…無理なさらなでくださいね」

「?僕は元気ですよ」

「弁慶殿だって、九郎殿のことお辛いはずです…」

「…ありがとうございます」


弁慶は朔に軽く頭を下げその場を去った。


そう、辛いのは望美だけではない。

今まで一緒に戦ってきた弁慶や景時、朔も辛かった。

でも、それでも、祝言を前にしていた望美が受けた衝撃は計り知れないものであっただろう。

望美がこの世界に留まったのも九郎と生きるため。


「…君は帰ってしまうのかな…」


ポツリと弁慶は呟いた。

九郎がいなくなったしまったのなら望美はおそらく元の世界に帰るのだろう。

この世界に留まる理由はないし、元の世界には家族も友達もいて、心の傷を癒すには一番いい環境なのであろう。


「…君を帰したくない」


思わずもれた本音に弁慶は自分でも驚いた。

…僕は何を思っているんだ、今の彼女にとって一番いいのは元の世界に戻って休むこと…それなのに…

帰したくない…、側に居てほしいと願ってしまうなんて…。

弁慶はくしゃりと前髪をかき上げた。


「僕は…君を守る八葉失格だ…」


大きなため息をこぼし、弁慶は薬師の仕事に向かった。










++++

















日の光が眩しい。

おそらくもう昼前なのだろう、望見はうっすらと瞳を開けた。

目を開くと、そこには朔がいた。


「望美」

「朔…」


起き上がろうとした望美を朔は止めた。


「いいのよ、もう少し休んでいなさい」


目を真っ赤に張らした望美の顔は、昨夜屋敷中に響き渡っていた泣き声を物語っていた。


「え…でも」


もうお昼でしょう?と望美が問えば、朔は兄上だってまだ寝ているわ。と笑って答えた。


「こういう時ぐらい、思いきり休めばいいのよ」

「…朔」

「九郎殿のことは兄上から聞いたわ…」

「…」

「辛かったわね…」


辛かった…、そんな言葉で収まるはずないがそれしか言いようが無かった。


「…ごめんね、心配掛けて…もう…大丈夫」

「望美、無理しなくていいのよ」

「…ありがとう」


儚く笑う望美はとても綺麗だけど、痛々しかった。


「でも、少しは落ち着いたみたいね…」

「…うん、弁慶さんのおかげかな」

「そうね、ついさっきまでずっと貴方に付いていたのよ、一晩中」

「え?」

「弁慶殿は仕事があるから、もう出掛けてしまったけど、仕事が終わったらまた貴方の様子を見に来ると言っていたわ」

「弁慶さん…」


どうして…弁慶さんそんなに私のことを心配してくれるんだろう?

八葉だから?

九郎さんの、親友の恋人だから?

何にしろ、弁慶さんは優しい…。

だから、頼りたくなってしまう。

けど、心配をかけるのは嫌だった。

自分がこんなに弱い普通の女だと晒すのが嫌だった。


この時の望美には弁慶の自分に対する好意を気付く心の余裕はなかった。










++++











弁慶は仕事を終え、京邸に向かった。

玄関にあった人の姿を確認すると、驚き立ち尽くしてしまった。

そこには、今頃布団の中で泣いていると思っていた望美の姿があったから。


「弁慶さん!」

「望美…さん…?」


あまりに元気よく喋る望美に弁慶は呆気をとられ戸惑った。


「お帰りなさい、もうお仕事終わったんですか?」

「ええ…」


笑顔で話しかけてくる彼女はいつもの彼女と変わらない。

…無理して、明るく振舞っている

弁慶はすぐにわかったが、望美には指摘しなかった。

それが、今の望美の精一杯の頑張りだったから。


「食事はちゃんと召し上がりましたか?」

「はい!」

「特に身体に不調はないですか?」

「はい!」


…ここまで元気だと逆に違和感を感じてしまうが、弁慶は目を瞑った。


「弁慶さん」

「はい?」

「私、もう大丈夫ですから」

「…」


大丈夫と言った望美の肩がひそかに震えていたが、弁慶はそれに気付かない不利をして言った。


「そうですか…」

「はい…、すいません、心配掛けてしまって」

「いいんですよ、僕ならいくらでも頼ってください」


君は一人で溜め込んで悩むところがあるから…、僕をいくらでも頼ってくれていいんです…。


「ふふ…弁慶さんって優しい…まるで…」


九郎さんみたい…っと続きそうだった言葉を望美は、はっと押し込めた。

その様子に気付かない弁慶ではなかったが、あえて何も言わなかった。


「僕はしばらく、京邸にお世話になることになりました」

「え?」

「君が心配だから…」

「私、もう本当に大丈夫です!」

「ええ、わかっています。僕が心配性なだけですよ、迷惑ですか…?」


望美は慌てて首を振り否定する。


「そんな…迷惑なんて!全然!!」

「そうですか、良かった」


弁慶の笑みに、つられて望美も笑顔になった。

その笑顔は、今まで見せていた無理をしたものではなく自然なものであった。


「そういえば、熊野のヒノエから書状が来まして」

「ヒノエ君から?」

「近いうちに来るそうです、…ヒノエも君のことを心配しているんです」

「…何だか申し訳ないです、皆に気を使わせちゃって…」

「望美さん…」

「あ、ごめんなさい!暗くなっちゃって…私、そろそろ休みます」

「…えぇ、ゆっくり休んでください」

「はい、じゃあ…」



望美は足早に弁慶の元を離れた。

こみ上げてきそうな涙を抑えるため、顔に手を添え。







「…っ…」



一人になったとたん、床に零れ落ちるほどの涙が溢れた。



みんなの優しさが、心に染みて



そして、明るく振舞うのが、限界にきてしまって…。




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