長編

□抱き締めて、囁いて
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周りに内緒で付き合うってことは結構大変なことだと後になってわかった。

たとえば、学校でクラスの友達に弁慶さんのことを話すこともできないし、ましてやヤキモチなんて妬いてたらきりがない。

弁慶さんは女子生徒の憧れの的、先生として慕っている生徒もいるけど本気で恋をしている子だっている。

だから一つ、一つ気にしていたら身が持たないんだ。

それにデートの時だって、遠出しているならまだしも家や学校の近くで二人でいる所を見られるだけで怪しまれてしまう。

抱き締めてもらうことも、手を繋ぐことだってできない…。


でも…それでも、とても幸せ…。

片思いだった時と比べれば、周りに内緒で付き合うことも苦に感じない。

それに、親しい人達には付き合っていることはちゃんと伝えてあるし、みんな応援してくれているから。

弁慶さんと一緒にいると、心が温かくなるのを感じる。

男の人と女の人がいて、お互いを愛しく想うってこんな感じなんだと思う。



幼い頃の記憶は日々、薄れていくのを感じるけど、決して忘れない温かさを覚えている。

お母さん…お父さん…。

二人が私を抱き締めてくれた温もりは、どれだけ年を重ねても忘れない。

お母さんとお父さんが亡くなってしまった時は、私…二人を責めてしまった。

どうして、私を置いていくの?

どうして、私を一人にするの?

どうして、連れて行ってくれなかったの?

今ならちゃんとわかるのに…二人が私を生かしてくれたんだって、守ってくれたんだって。

私は一人じゃない、九郎さんや朔、ヒノエ君に敦盛さん…そして弁慶さんやたくさん私をわかってくれる人達がいる。







普段は寝起きの悪い望美が朝日も昇る前に目を覚ました。

再び眠りにつこうと思ったが目が冴えてしまって眠れないので、ベットの上で布団に包まっていた。


「傷…こんなに薄くなったよ」


誰に喋りかけているのかというと、自分自身に。

望美はそっと、胸元に触れた。

かつての事故は両親だけでなくて、望美の心と身体にも大きな傷跡を残していた。

十年以上経った今でも消えないぐらい。


「…いつか、消えるかな…」


身体の傷が消えようと、失った人達は帰って来ないし、心の傷も消えない。

でも、人は傷を背負い、乗り越え、大人へと成長していくもの。

いつか、悲しい過去も幸せな未来へと続くように。


「…もうすぐ朝日が昇るね」



今日、目が覚めたのは最近何かあったからではない。


たまたま目が覚めたそれだけ。


そして、無性に物悲しさと愛しさを感じただけ。


ただ、それだけ。





「…今日の朝ご飯は何にしようかな」







もうすぐ、弁慶さんと付き合って一ヶ月。








暑い、暑い、夏休みがやって来る――――。







3章END

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