長編

□抱き締めて、囁いて
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神々しく、光り輝く満月が空に浮かび上がっている夏の夜。

弁慶は自宅でシャワーを軽く浴びた後、ズボンだけ履き上半身は裸で肩にはタオルをかけた状態でベットに腰を下ろした。

明日も学校だから早く休みたいと思う、けど眠れそうにない。


『私も…弁慶さんのこと好きです。だから…大丈夫です…』


そう愛しい少女は答えてくれたけど、果たして大丈夫であろうか。

答えるだけで、今にも泣きそうな顔で肩を震わせていた。

大丈夫だと、旅行に行きたいと言ってくれたけど、本当に抱いてしまってもいいのだろうか、無理はしていないだろうか。

もし、直前で嫌だといわれても止めることができる自信もない。

一番怖いのは彼女に嫌われてしまうこと、それは彼女に抱くことを拒絶されるよりもずっと辛い。

できるなら、恐怖も不安も全部拭い去ってあげたい。

そして、快楽だけでなくて肌を重ねて愛し合うことがどれほど幸せなことかを教えてあげたい。


「…愛してます、望美さん」


美しく光る月はまるで望美のようだと、弁慶は窓から見える満月に向かって囁いた。







その頃、望美はというと――

自室のベットに寝転び、枕に顔を埋めながらぼんやりと考え事をしていた。


『君が旅行へ行くなら僕はその時に君を抱きます』


はっきりと、抱くとそう言われたのだ。

夏休みまでまだ少し、時間があるけれどそれまでにちゃんと心構えをしておかなければならない。

行きたいと、自分ではっきりそう答えたのだから今更後には引けない。

不安がないわけじゃない、すごく不安で怖くて、考えただけで身体が震えそうだ。

でも本当に好きな人だから、弁慶だから、愛してるから全部あげてもいいと思った。

だから、彼になら抱かれても構わないと、全てを曝け出すことができると思った。


「…やっぱり恥ずかしい」


言葉では大丈夫だといったものの、身体は素直で震えが止まらない。

そういう行為は友達の体験談を少し聞いたことがあるぐらい、ほとんど未知なもの。


「……考えてもしかたないよね、寝よう…」


他にも考えなければいけないことはあるのだ。

これからの進路のこと、時間は待ってくれないのだから、のんびりはしていられない。

それなのに頭は全然働かなくてい、弁慶のことでいっぱいだった。

布団を頭が隠れるぐらい被り、無理矢理目を閉じた。

高鳴る胸の鼓動を抑えるように――。








●○●○






翌日。

普段なら、学校に着いたらまずは保健室にいる弁慶に会いに行くのだができなかった。

昨日の今日で、どういう顔をして合わせればいいかわからなかったから。

今からこんな調子じゃ先が思いやられるが、今は少し心を落ち着かせたかった。

携帯を握り、弁慶には『今日は朝、会いにいけません。放課後にまた顔を出します』とメールを送った。

そのメールを受け取った弁慶に不信に思われないか不安もあったが、あった所でいつも通りに接することができるかもわからなかった。


「はぁ…」


何度目かはわからない溜息を零すと、それを見ていた朔が声をかけてきた。


「望美、どうしたの?さっきから溜息ばかりついて…」

「朔…」


…そうだ、朔に相談してみよう。

朔も年上の彼氏がいるし、女の子同士だし何かアドバイスもくれるかもしれない。


「朔っ」

「なぁに?」

「あの…ね、ちょっと相談したい事があるの…」

「あら、私に?珍しいわね、望美の相談相手といえば九郎さんなのに」


こんなこと、自分の兄代わり、父親代わりともいえる九郎に相談できるわけはない。


「九郎さんにはできない相談なの…聞いてもらっていい?」

「ええ、もちろんよ」


望美はホッと胸を撫で下ろした。


「じゃあ…とりあえず昼休みに…ってことで」

「そうね、もうすぐ一時間目が始まるものね」




キーンコーン

カーンコーン…


望美と朔が席に着き、しばらくするとチャイムが鳴り教室に一人の教師が入って来た。

その教師の姿を見て、生徒たちはあれっ?っとざわめいた。

それは普段、この授業を教えてくれている教師ではなく、また別の科目の教師だったから。


「朔…何で景時さんが?」

「さぁ…?」


教室へ入って来たのは朔の兄であり、この時間とは別の授業を担当しているはずの景時だった。

景時は教卓の前に立つと、チョークを握り、黒板に何か書き始めた。

カツ、カツ、カツ…

書き終わった文字を読むとそこには『自習』の一言が書かれていた。

それを見て、喜び騒ぎ出す生徒たちに景時はコホンと大きな声を出した。


「え〜と、一時間目の担当の先生が急性盲腸で入院することとなり、代わりの先生がいないので、この時間は自習とします」


反応は、おぉ!!っと喜ぶ生徒と、この受験まじかに勘弁してくれと言う生徒と半々だった。


「廊下にはでないで、この教室内で時間を潰すこと…わかったかな?」


教師としてピシッと言ったが、最後はいつもの抜けている景時に戻っていた。

は〜い!と子供のように生徒たちが答えると、景時は職員室へと戻っていった。


「望美、ちょうどいい時間ができたわね」

「でも…ここで話すのは…」

「大丈夫よ、見て御覧なさい」


朔に言われて辺りを見渡すと、僅かながら自習している生徒もいたが、たいていは席を立ち上がり談笑したり、遊んだりと、とても望美たちの話し声が聞こえることはなさそうだった。

ヒノエと敦盛はというと、何となく望美の様子を察しているのかこっちに近づいてこなかった。

望美と朔はとりあえず、教室の隅の席に移動だけして、小声で話し出した。


「さ、望美。話してみて、私でよければ何でも聞くわ」

「うん、ありがとう朔。…あの…ね、朔は…」

「私は?」

「その…朔はずっと付き合っている彼氏がいるじゃない」

「ええ」

「…その…、彼と…」

「彼と?」


教室が騒がしいのと、望美の声がどんどん小さくなるので朔は必死に声を聞き取った。


「…ど、どこまで……し…た…?」


朔は一瞬目が点になりポカンとしてしまった。

当の望美を見ると顔を真っ赤に染めて俯いている。


「……望美…もう、藤原先生とそこまで…?」

「ち、違う!違う!!まだそこまでしてないよ…!」


思わず大きな声を出してしまって、慌てて手で口を塞いだ。

俯いていた顔を上げ、ぶんぶんと首を振る。


「そうよね、まだ付き合って一ヶ月しかたっていないものね」


うん、うん、と望美は頷いた。


「じゃあ…こういう相談してくるってことは、誘われたの?」


図星を突かれて、望美はうっ…と真っ赤にした頬に手を当てた。


「あのね…弁慶さんに、夏休み旅行に行こうって誘われたの…」

「あら…それは、そういう展開になるわね」

「…朔は淡々としてるね…、やっぱり朔はもう…?」

「ええ、まぁ、私はもう付き合って数年経っているから」

「怖くなかった…?不安じゃなかった?」


そう、それが一番聞きたかった。

初めて、男性に肌を晒すこと、抱かれること、どうしようもなく怖くて不安が募ってしまう。


「そうね…私ももちろん初めての時は怖くて…不安だったわ」

「……やっぱりそうだよね」

「でも…」


え?っと望美が朔に視線を向ける。

すると、朔は優しく微笑んでいた。


「でもね…怖さも不安も、彼に身を任せているうちに全部飛んでいってしまったわ」

「え…」

「心から愛している人と肌を重ねることがこんなに幸せなことなんだって驚いた」

「朔…」

「望美は藤原先生をとても愛しているでしょう?」

「うん…」

「だったら、大丈夫よ。…愛されてるってことを感じてくればいいのよ」



キスをされ、抱き締められて愛を囁かれるだけでもう、何も考えられなくなってしまうぐらい幸せ。

肌を重ねることが、それ以上の幸せ…想像もつかない、そんな幸せ、存在するの?

恥ずかしい…よ、でも…少し落ち着いたかもしれない。

ありがとう、朔…。

私…弁慶さんになら大丈夫かもしれない、抱かれたいって、愛してほしいって思うから…。



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