長編

□抱き締めて、囁いて
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夏休み。

空を見上げれば、眩しい太陽の光が降り注いでくる。

こんなに天気がいい日に家の中にいるなんて勿体無い。

しかし、望美はいつもの休日の日なら家にいることが多かった。

朝が弱いせいもあって、起きるのも昼過ぎになるため必然と時間が過ぎていってしまうのである。

夏休みに入って、もう結構経つのだが望美は毎日こんな感じだ。


「…ん…、今何時…?」


望美はモゾモゾとベットから起き上がると、机の上の時計に目をやった。


「…一時…」


さすがの望美も少しばかり寝すぎたと思った。

洗面所へ行き、顔を洗うとリビングに向かった。

リビングのテーブルの上には九郎が作ってくれたであろう朝食と、メモがあった。

メモには、今夜は仕事が早く終わるから一緒に晩御飯を食べようというものだった。


望美は椅子に座ると、朝食…いや時間的には昼食となるだろう、料理を食べた。

九郎は料理上手ではない、しかし一生懸命作ってくれていることはひしひし感じた。

だから、たまに塩辛かったり焦げていても、望美には全部とてもおいしく思えた。


「おいしい…」


そういえば、最近九郎は仕事が忙しくゆっくりと話す時間もなかった。


「…私、就職したらどうしよう…」


もちろん就職したからと行って、すぐにこの家を出るつもりは無い。

お金も貯めなければいけないし、一人で暮らしていける自信もまだない。

しかし、いつまでもこのままではいけないという思いが望美にはあった。

九郎の負担になり続けたくないのだ。

この家は借家だ、自分が家を出たら九郎も実家に帰れるであろう。

三年前の当時は自分のことで頭がいっぱいで九郎の負担なんてほとんど考える余裕もなかった。

しかし、今はちゃんと自分のことも九郎のことも、将来のことも目を背けずに考えていた。

望美は自分では気付いてなかったが、確実に一歩一歩成長していた。







****






午後五時ごろ、九郎から一件のメールが届いた。

メールには『六時までには家に帰る』と綴られていた。

望美は九郎が帰って来るまでにご飯を作ろうと、台所へ立った。

本日の晩御飯はハンバーグ、九郎の大好物だ。

望美が九郎と暮らし始めて一番初めに作った料理でもある。


「…できた!」


望美の声と同時に鍵が開きドアが開く音がした。

玄関を覗くと九郎が靴を脱いでいる所であった。


「九郎さん!お帰りなさい」

「ただいま、望美」


他の者から見れば、年若い夫婦のように見えるかもしれないが、決してそういう関係ではない。

二人はお互いのことをかけがえのない家族として思っているのだから。


「今日ね、ハンバーグ作ったの」

「それは嬉しいな、望美の作るハンバーグは誰の飯より上手いと思う」


そこまで褒められては望美も頬を赤くした。

そして、それにつられる様に九郎も頬を染めた。


「もう食べる?」

「ああ、食うか」


リビングにテーブルに向かい合うように座り、二人は望美の作ったハンバーグを口にする。

テーブルの上にはメインのハンバーグの他にもサラダなども並べられている。


「上手い」

「ありがとう、九郎さん」


ハンバーグを食べた一言目に出た感想に望美は微笑んだ。


「そういえば…明日だったな、弁慶と旅行へ行くのは」

「うん」


九郎は、弁慶と旅行へ行くことは賛成もしなかったが反対もしなかった。

いくら、望美の親代わりだといっても望美はもう小さな子供ではない。

自分のことは自分で判断して、歩いていく年頃だ。

だから、複雑な心境であったが何も言わなかった。


「…気をつけて行けよ」

「ふふ、私がいなくて寂しい?」

「ば、馬鹿!そんなわけないだろう!」


顔を背けて、顔を赤くする九郎に望美は笑みを浮かべた。


…私って本当に大切にされてるな…ありがとう、九郎さん。


不幸のどん底だった望美が、今こんなに笑っていられるのはすべて九郎のお陰といっても過言じゃない。

両親のお葬式の時、涙を堪える望美に優しく声をかけてくれた九郎の存在は望美にとってとても大きなものだ。

弁慶と出会えたことだって、彼が九郎の友人だったから。

すべては九郎との出会いから今が紡がれてきた。


「九郎さん、私本当に九郎さんには感謝してるよ」

「なんだ、いきなり…」


照れるように九郎は口元を手で覆っている。


「ううん、言いたかっただけ!」


望美はご飯を食べ終えると食器を洗い、九郎に振り返った。

それじゃあ私、明日早いから用意したら寝るね…と望美は自室へと戻っていった。







***






弁慶との旅行は二泊三日。

たくさんの温泉が湧き出ている。温泉地へ行くこととなっている。

お金は弁慶が払ってくれたのだが、望美はそれをとても嫌がった。

あくまでも彼と対等な関係でいたかったからだ。

しかし、望美はバイトもしていなく、そんなにお金も無かった。

仕方なく弁慶に任せたが、『次に旅行へ行く時には私が出します!』と弁慶に公言した。


「はぁ…眠れないよ」


望美はベットの布団を顔が隠れるぐらい引き上げ、寝返りを打つ。


明日は弁慶さんと旅行…。


『君を抱きます』…と言われたその言葉が頭から離れない。

頭の中で色んなことが渦巻いて、眠れるはずもなかった。

結局、望美が眠れたのは深夜三時を回ったころであった。



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