長編
□抱き締めて、囁いて
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朝、目を覚ました望美は自分の身体の異常に気付いた。
ベットから起き上がるが、身体がだるくて重く感じる。
「私って…本当にタイミングが悪いとしか思えない…」
身体が…熱い…。
「…はぁ…」
望美は自分の額に手を当てて、顔をしかめた。
身体が熱く、頬も額も熱い、…おそらく、いや多分間違いなく熱があるのだろう。
よりにもよってなぜ今日なんだと望美は自分を恨んだ。
今日は…弁慶と旅行に行く日。
こんな日に熱を出すなんて、まるで旅行に行くことを嫌がっているように感じてしまう。
あんなに旅行を楽しみにしてくれていた弁慶に何て言えばいいのだろう。
「…これくらい…大丈夫、だよね?」
保健医である弁慶に隠し通せるわけないとも思うが、望美は熱のことは黙っておこうと決めた。
望美だって、今日の旅行をずっと楽しみにしていた。
熱だって望んで出たわけではない、何とか隠し通そうと思った。
クローゼットから服を取り出すと、朝食を作ろうと台所へ向かう。
「…っ…少し…ふらふらする…」
望美は九郎の分の朝ご飯を作ると、自分は市販の風邪薬だけ口に含んだ。
これで少しでもマシになってくれたらいいのだが、望美はあまり薬が効かない体質であった。
まず、弁慶に熱のこと隠す前に九郎に気付かれてしまっては台無しだ。
望美は朝食にラップをかけ、『弁慶さんとの旅行に行って来ます』とメモを添えた。
弁慶との待ち合わせまでにはまだ時間があった。
特に行くところもないので、少し早いが弁慶のマンションへ向かうことにした。
向かう電車の中で望美は熱が上がっているのを感じた。
****
弁慶の部屋の前に着いた時は、少し息も上がっていた。
頬に触れれば、朝起きた時よりもずっと熱いとわかるほどだった。
でも、此処まで来て引き返すわけにもいかなかった。
意を決して、インターホンを鳴らすと程なくして弁慶が出てきた。
「望美さん?まだ約束の時間では…」
…と、弁慶はそこまで言いかけて望美の異変に気付いた。
荒い呼吸をしていて、顔が赤い。
「…失礼します」
そう言うと、弁慶は望美の額に手を伸ばし熱を測った。
すぐに歪められた弁慶の顔を見て、望美は俯いてしまった。
弁慶は隠すことなく大きな溜息を零した。
「熱がありますね…どうして携帯で電話しなかったんですか?」
咎められるようなものいいに、望美は眉を下げた。
「……だって、今日は旅行に…」
「こんな状態で旅行に行けるわけないでしょう?」
「……でも…」
「…とりあえず、中に入ってください。熱を測りましょう」
何も反論できなく、弁慶に導かれるまま望美は部屋に通された。
ベットに寝かされると体温計を渡され、望美は渋々弁慶に従った。
「38度…ですか。少し高いですね…」
弁慶は、眉を潜め、ふう…と溜息を吐いた。
望美は少し苦しそうに息をしながら、弁慶に申し訳なさそうな顔を向けた。
「すみません…弁慶さん」
「どうして僕に謝るんですか?」
「だって…せっかくの旅行っ…行けなくなっちゃって」
瞳を潤ませ、望美は今にも涙が零れそうだった。
「泣かないで、望美さん。僕は別に怒っていませんから…」
「っ…でもっ…」
そう言われても、抑えることができなくなった涙が瞳から零れた。
弁慶は慰めるようにそっと望美の額にキスを落とした。
「旅行なら別にまた今度行けばいいんですよ、今は君が元気になることが優先です」
「弁慶さん…」
「九郎は仕事ですよね、今日は僕の部屋に泊まっていきますか?」
「え…でも迷惑じゃ…」
「僕はこれでも保健医ですよ、病人の君をこのまま家に返すことは心配です」
九郎は望美さんが旅行に行っていると思っていますから、二泊してもいいですよ弁慶は微笑んだ。
「さ…すこし眠ってください」
「…弁慶さんごめんね、ありがとう…」
望美は眠りに落ちていった。
そんな望美を弁慶は愛しく見詰めていた。
****
「…ん」
望美が目を覚ますとそこには弁慶の姿がなかった。
身体を起き上げると、辺りを見渡す。
耳を澄ませば、シャワーの音が聞こえてきた。
どうやら弁慶は風呂に入っているようだ。
そういえば、身体のだるさも大分マシになった気がする。
少し眠ったお陰で熱が下がったのかもしれない。
「そういえば…今何時なんだろう?」
望美はベットの横に置かれている自分の鞄の中から携帯を取り出すと画面を開いた。
「嘘…もう五時…」
たしかによく眠った気はするが、自分が弁慶の部屋に来た時はまだ朝の九時ぐらいだった。
つまり八時間近く眠っていたことになる。
いくら昨夜よく眠れなかったからといって、寝すぎではないだろうか。
「はぁ…私…何やっているんだろう」
本当なら今頃弁慶さんと温泉に行っていたはず。
それなのに…。
望美が溜息を吐いていると、シャワーから出てきた弁慶がやって来た。
「きゃあ!!」
望美は弁慶を見て思わず叫んでしまった。
ズボンを履き、上半身は裸で髪からはすこし雫が落ちていた。
男性にしては細身な人だと思っていたが、意外としっかりと筋肉は付いていた。
「望美さん、目を覚ましたんですね」
「ふっ…服着てください!!」
顔を手のひらで覆い、顔を隠す望美に弁慶は苦笑した。
旅行には行かなくて正解だったかもしれないと思った。
これぐらいでこんなに顔を染めてる初々しい少女だ、抱こうとなんてしたらどうなっていたかわからない。
弁慶はシャツを羽織ると、ボタンは留めず、望美がいるベットに腰掛けた。
望美の額に手を当てて、熱を測る。
「熱…かなり下がったみたいですね」
「はい、よく眠ったお陰です」
「何か、食べますか?作りますよ」
「あ、私が作りますよ!」
「君は病人でしょう、休んでいてください」
そういえば…と、弁慶はポツリと話し出した。
「あの時と逆ですね…」
「あの時?」
「初デートの時…僕が熱を出してしまって君が看病してくれましたよね」
「本当だ…あの時の逆ですね」
くすっと望美の顔が自然と笑顔になった。
そんな望美に弁慶は微笑むと、すっと顔を近づける。
「駄目…」
キスをされそうになり、望美は顔を背けた。
「弁慶さん駄目です…風邪移っちゃいます…」
「君になら移されても構わない…」
ちゅっ
「んっ…ぁ…」
室内には二人が交わす、キスの音と望美の声が響いた。
休むことなく繰り返されるキスに、望美も息が上がる。
「…ふっ…ん…」
唇が離れた思ったら、弁慶はそっと望美をベットへ押し倒した。
望美は潤んだ瞳で、自分に覆いかぶさる弁慶を見詰めた。
「…そんな可愛い顔されたら、僕の理性が持ちませんよ…」
病人に手を出してしまいそうです…と弁慶が呟くと、望美は赤い頬をさらに赤く染めた。
「……です…」
「え?」
望美が消えるぐらいの声で何かを言ったのを、弁慶は聞き返す。
「…私…手を出されても構いません…」
弁慶は一瞬自分の耳を疑ってしまった。
恥らうように視線を逸らしながら、そう言った少女は顔を真っ赤に染めていた。
熱のせいかいつもの数倍は艶めかしく見えた。
「…何をいっているんですか、君は熱があるんですよ」
何とか、すぐにでも抱いてしまいたい欲望を抑えると弁慶はやっとそれだけ言った。
しかし、望美は全く怯むことなくこう続けた。
「…風邪には…軽い運動が大事なんですよ…」
「…それは風邪を引かないように免疫力を高めるためです、熱を出してからじゃ薦められません」
「理由は何でもいいんです…私、ずっと今日を楽しみにしていたんです」
「それは僕も一緒です、けど…」
「私…弁慶さんが好きです…だから…」
「っ…」
そこまで彼女に言わせておいて、何もしないなんて出来るはずがなかった。
キスを落とすと、そっと彼女の服を脱がし始めた。
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