長編

□抱き締めて、囁いて
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ある所にとても可愛い女の子がいました。

女の子は優しいお母さんと、厳しいけどしっかり者のお父さんに囲まれて、幸せに暮らしていました。

しかし、女の子の5歳の誕生日を目前に、二人は事故で帰らぬ人となってしまったのです。

女の子は叔母に引き取られることになりましたが、両親を失ったショックで心を閉ざしてしまいました。

初めこそ女の子を気にかけてくれた叔母でしたが、女の子が心を開かないことに次第に苛立ち始めたのです。

そして、いつしか女の子を疎ましく思い、遠ざけるようになったのでした。

結局、親戚の家をいくつも回され、女の子は施設に預けられることとなったのです。

女の子は施設で成長しましたが、15歳の時に再び親戚の家に引き取られることとなったのです。




















序章 九郎と望美























「ここか…」



整った顔、少し長めの橙の髪、右手には小さな白い紙を持った青年は目の前に建つ、施設を見上げた。

青年の名は、源九郎、22歳。もうじき大学の卒業を控えている。

右手に持っている紙には、目の前の施設の住所が記されていた。

九郎がここにやって来たのには理由がある。

施設に預けられている、親戚の女の子を引き取ることとなったからだ。



「待ってろよ、望美…」



引き取ることになった女の子の名は、春日望美。

九郎と望美は親戚といっても、とても遠縁にあたるが、今まで何度も会ったことがあった。

初めて会ったのは、望美の両親のお葬式の時。




両親を一度に失ったというのに、望美は涙を一粒も流していなかった。

周りの大人達は、望美はまだ幼いから両親の死というものをわかっていないのだろうと思った。

けれど、九郎だけは気が付いた。

望美はずっと唇を噛み締めて、涙を堪えているということを…。



『泣いても…いいんだぞ』



そんな望美に九郎はそっと声をかけてやった。

泣けばいいのだと、いくらでも泣いていいのだと。

すると、望美は枷が外れたように声を上げて泣き出した。

九郎は望美の頭を撫でてやった、泣き止むまで何度も何度も。

それが、九郎と望美の出会いだった。





望美が施設に預けられてからも、九郎は望美を心配して、何度も会いに行った。

誰にも心を開かなかった望美だが、そんな九郎には少しずつ心を開くようになったのだった。


『私…九郎さんと暮らしたい…』


いつしか望美は九郎にそう呟くようになった。

九郎は両親の他に、何人もの兄弟がいて、望美と暮らせる状態ではなかった。

だから、就職が決まったら望美と暮らそうと心に決めたのだった。

そして、大学の卒業も待つだけになり、就職も決まった。

少しでも早く望美と暮らすために、卒業はまだだが、九郎は一人暮らしを始めた。

理解のある九郎の両親のお陰で、その間の家賃などは両親に甘えることにした。

これでやっと望美を迎えに来ることができたのだった。











●○●○●○







「あ!九郎さん!!」


施設に足を踏み入れようとしていた、九郎に走り近づいてくる姿が見えた。

紫のかかった長い髪をなびかせた可愛らしい少女だった。


「望美!」

「九郎さん…!」


少女、望美は九郎の下まで走り寄ると、そのまま首元に抱きついた。

うわっ、と九郎はよろめき、後ろに手を置き、腰をついた。

いたた…と頭に手を置き、首元に抱きついたままの望美を見ると、身体が震えていた。


「望美…?」


どうしたんだ?と肩を抱くと、望美は涙ぐみながら小声で呟いた。


「やっと…やっと来てくれた…」

「遅くなって悪かった…」


しばらく、望美の背中のポンポンと撫でたやった。

そう、あの時のように望美が泣き止むまでの間。


望美が九郎の首元から腕を放したのは、泣き止んでからだった。

まだ、目には少し涙をのせて、頬は泣いたせいか赤くなっていた。

でも、顔には笑顔が浮かんでいた。


「帰るぞ、望美。俺たちの家に」

「うん!!」


望美は九郎の手をぎゅっと握り、歩き出した。

九郎は少し照れながらも、その手を振り払う事はせず、握り返してやった。



源九郎、22歳。


春日望美、15歳。



これが、二人の生活の始まり。





序章END

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