長編

□抱き締めて、囁いて
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望美が弁慶と行くはずだった旅行は二泊三日。

旅行へは行けなかったが、望美は弁慶宅で二泊を過ごした。

一泊だけして家に帰ってしまっては、旅行へ行ってると思っている九郎に何といわれるか分からなかったからだ。

それと、弁慶が望美を返したくないと駄々をこねたせいもあるが(殆どそれが原因)。

望美が家に帰る時も、弁慶はなかなか望美の腕を離してくれなかった。

初めて身体を重ねたことで、今までよりもお互いが近く、愛しく感じた。

この幸せがいつまでも続いてほしいと、願った。





****





望美が弁慶の部屋にいる時、九郎から一件の着信があった。

しかし、それは風呂に入っている時だったので出ることができなかった。

その後、九郎に電話をかけ直したが、「…やっぱり帰って来てから話す」と言われたのだった。

九郎の様子がいつもと違うことに望美はすぐに気が付いた。

だから、本当に旅行へ行っていたら夕方に自宅に帰る予定だったが、朝早くに家に戻った。

朝早い時間なら、九郎はまだ仕事に出勤していないからだ。


「ただいま!九郎さんっ!」


勢いよくドアを開け、望美は家の中を見渡して九郎を探す。

九郎はすぐに見つかった。

いつものように、新聞を読みながらリビングのソファに腰掛けていた。


「…望美?お前、たしか帰ってくるのは夕方じゃ…」


望美が旅行へ行っていて、今日の夕方に帰って来ると思っていた九郎は聞いていたより早い帰還に驚いた。


「あ、えっと…ちょっと予定が変わって早く帰って来たの!」


熱が出て、旅行へ行けなくなって弁慶の家に泊まっていたなんていえるはずない。

望美は何とか誤魔化すと、少し無理矢理だが話を変えた。


「あのね!九郎さん、電話の時なんだか様子が変だったじゃない?…だから心配で」

「あー…悪いな。お前に心配かけるつもりなんてなかったんだ」

「ううん、気にしないで!それより…帰って来てから話すって行ってた話は?」


九郎は一瞬渋るような顔をして、望美に自分の隣に座るように促した。

望美は九郎の真剣な顔につられて、顔を強張らせた。


「あ…九郎さん、仕事の時間は大丈夫?」

「ん?ああ、今日は仕事は休みだ」

「え!そうだったの?」


それならわざわざ早く帰って来る必要はなかったかもしれないが、九郎の様子を心配していたのも本当だ。

話を横切ってごめん、と言うと望美は再び九郎の話に耳をやる。


「お前に電話したのは…大事な…話があるんだ」

「大事な話…?」


わかりやすく顔を引きつっている望美に、九郎は苦笑した。

緊張を解してやるように、望美の頭をぽん、ぽん、と撫でてやった。


「実は…仕事の都合でアメリカに行くことなった」


九郎は外資系の会社で働いている。

今までも年に数回、外国へ出張へ行くことがあった。

どうしてそれが大事な話なんだろうと、望美は首を傾げた。


「大丈夫だよ、ちゃんと今までみたいに一人でも留守番しているから!」

「いや…そうじゃない。今回は少しばかり長いんだ」

「長いって…どれぐらい?」

「…短くても一年」

「一年!?」


今までどんなに長くても、二週間ほどで九郎は帰って来た。

望美はもう小さな子供ではないのだから、一ヶ月や二ヶ月ほどならたいした心配はないであろう。

しかし、一年とは単位が全く違う。


「実際はもっと長いと思う…多分、数年は帰って来れない」

「そんな…」


今まで一緒に暮らしてきた九郎が遠い、遠い、異国へと行ってしまう。

いつ帰って来れるかわからない。

望美はぎゅっと拳を握り締めた。


「…望美、お前はどうする?」

「え…」

「俺は仕事だから…行かないわけにはいかない。でも…お前を一人で暮らさせるのは心配だ…」

「九郎さん…」

「ここに残るか、それとも俺とアメリカへ行くか…?」


心が揺れた。

九郎さんは私が一人で暮らすことは心配してくれているけど、私的にはそれは大丈夫。

何に心が揺れたかというと…九郎さんを一人でアメリカへ行かせてしまっていいのか…。

前の私なら…たとえ何年帰って来れないだろうと、九郎さんについて行った。

九郎さんの仕事はとても忙しい。

一人、アメリカに行かせて家事や生活が大丈夫なのか…心配でたまらない。

そして…会えなくなることが寂しい…。

でも…でも、今の私には九郎さんについて行くとすぐに言えない…。

弁慶さん…貴方と会えなくなってしまうことも…私には辛すぎる…。

どちらかを選ぶなんて…できないよ。


「…九郎さん」

「ん?」

「もう少し…考えさせてもらってもいいかな…」

「ああ…。弁慶にもちゃんと相談しろよ」

「……うん」


望美はか細く頷くと、リビングから自室へ戻った。

自室へ入ると、望美は力が抜けたようにベットに倒れこんだ。

枕に顔を押し付け、瞳をぐっと瞑った。



何も考えたくない…でも、考えなくちゃいけない。


どうすればいいのかわからない…。


私は…二人とも…大切で…大好きなんだよ……――。




4章END

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