長編

□抱き締めて、囁いて
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今年ももうじき終わりを告げる十二月の冬休み。

クリスマスも終わり、本当に年を越すのを待つばかり。

望美はというと、英語の猛勉強に追われていた。

九郎とアメリカへ行くのだから、せめて日常生活に必要な言葉は覚えないといけない。

元々そんなに成績は悪くはないが、英語は苦手だった。

九郎の勧めで望美は英会話教室にも通い始めた。

そして、ほぼ毎日通い詰めている。

それは早く英語を覚えるためではない、忙しくすることで気を紛らわしたいから。

弁慶とのことを…――。















6章 募る気持ち













望美が弁慶に別れを告げられて二ヶ月は経った。


『…別れてください』


そう彼に言われた時、心は固まった。

望美は九郎についてアメリカへは行くが、弁慶と別れる気は全く無かった。

彼が好きだったから、彼も望美を愛してくれていたから…。

たとえ、はなれ離れになっても大丈夫だと…そう思っていた。

でも、弁慶は別れることを選んだ。

耐えられないと…そう言って…。


「……弁慶さん…」


望美は自室のベットに腰掛けながら、左手の薬指にはまった指輪を見つめた。

ブランドなどにそんなに詳しくない望美でも何となくわかる。

この指輪は高価なものだと。

結婚しようと、そう言ってくれたのに…頷けなかったのは自分。

断った時の悲しそうな傷ついた顔の弁慶が頭から離れない。

自分が弁慶を傷つけた、別れを告げられて当然かもしれない。

指輪は、返されても困るから貰ってくださいと言われた。

邪魔なら捨ててくれても構わないと…。


「…そんなこと…できるわけない…」


私は…今でも弁慶さんが好き…。

この指輪を外せないのも…その証拠…。

別れたくない…好き…弁慶さんを愛してる…。


涙が瞳から零れ、頬を伝い指輪へと落ちた。

別れを告げられた時、望美は嫌だと言った、別れたくないと弁慶にすがり付いた。

でも、それは聞き入れてはもらえなかった。

望美から弁慶と離れて暮らす生活を選んだのに、弁慶に別れを告げられると悲しくてたまらなかった。

自分勝手かもしれない、自業自得かもしれない。

けど…愛する気持ちは募るばかり。






****







「なぁ、望美と別れたって本当か?」


突然、自分のマンションへとやって来た甥の言葉に弁慶は飲んでいたコーヒーの喉に詰まらせた。

ごほ、ごほっ…と咳を零して、動揺を鎮める。

冷静を装いながら、ヒノエに向き直るといつもの口調で答えた。


「本当ですよ」

「…ふーん」


あっさり答える弁慶に、ヒノエは眉を寄せた。

望美は弁慶と別れたことは朔やヒノエ達には言わなかった。

でも、あきらかに元気のない様子や、弁慶の名が望美の口から出ないことを不信に思っていた。

辿り着くのは一つの答え。

二人が別れたのだと。


「何で別れたんだ?」

「君に関係ないでしょう」

「…あんた、本気で俺にそう言ってんの?」


ヒノエが望美のことを好きだったことは弁慶もよく知っている。

いや、正確には今も好きだ。


「俺は望美が好きだ」

「……」

「あんたと別れたなら…俺が手を出しても文句はないよな?」


弁慶は黙ったまま何も答えない。


「望美がアメリカへ行くっていう話なら聞いた。俺なら…帰って来るまで待つ」

「……」

「好きなら待てるはずだろう…あんたは望美のこと本当に好きだったのかよ!?」


ヒノエの言葉に、さっきまで黙っていた弁慶の瞳がカッと見開いた。

そして、ヒノエを睨みつけた。


「君に…何がわかるというんです…」


好きで、好きで、愛しくて仕方なくて…。

だからこそ離れることが耐えられない…。


「あんたの気持ちなんてわかりたくもないね、あんたは望美を傷つけた…」


あんな痛々しい、悲しそうな顔をする望美を見たのは初めてだ…。

それも、この叔父に譲ったせいで…。


「もういい…。あんたと話したってしょうがない」


ヒノエはくるっと弁慶に背を向け、玄関の方へと歩き出した。

出て行こうと、ドアに手をかけると一瞬振り返って弁慶に告げる。


「望美は俺が幸せにする、あんたはもう望美に関わるなよ」


その言葉に、弁慶の理性が切れた。


「っ…ヒノエ!!!」

「…なんだよ」

「彼女を…っ望美さんを幸せにするのは僕です!!」


彼女に触れていいのは自分だけ。

彼女に愛されていいのは自分だけ。

彼女を抱き締めて、囁いていいのは僕だけだ!


「渡しませんっ!!彼女は僕のものです!」


なんて自分勝手なんだろう。

別れを告げたのは自分だと言うのに。

彼女が他の男のものになることを考えただけで、全てが弾けてしまった。



ヒノエは呆れた顔で大きく溜息を吐いた。


「…何だよ、結局未練たらたらじゃねーか」


わざわざ、俺に手間取らせるなよな…と続けて呟いた。



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