長編

□抱き締めて、囁いて
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「…一人で年を越すなんて、初めて…」


望美は一人、自室のベットに腰掛けながら呟いた。

今日は十二月三十一日の大晦日。

今までは九郎といつも年を越していた。

九郎と暮らす前は両親と、両親が亡くなってからは施設で過ごしたため一人で年を越すことは無かった。

今日は九郎が仕事でどうしても休めなくて、望美は一人で年を越すこととなった。

九郎の実家や朔から一緒に年を越そうと誘われたが、断った。

他の家族の中に入っていくなんて、不器用な望美にはとても出来ない。


「……弁慶さん、どうしてるかな…」


弁慶は実家からで出て一人暮らしをしているので、こんな日ぐらいは実家に帰っているのだろうか。

それとも、あのマンションで一人で過ごしているのだろうか。


「ふふ……馬鹿みたい…私…。今更、弁慶さんのこと考えても仕方ないのに…」


…弁慶さんに別れを告げられたことだって私が悪い…。

あんなに私を想ってくれていた弁慶さんを置いてアメリカへ行くことを選んだんだから…。

仕方ない…どうしようもない…弁慶さんに嫌われて当然だよ…。


ポタッ


「…っ…何で涙なんて出るのっ…私に…泣く資格なんてないのに…」


…私は…弁慶さんを傷つけた…。

アメリカへ行くと告げた時の弁慶さんの悲しそうな顔が頭から離れない…。

本当に泣きたいのは弁慶さんだよ…私なんていう理不尽な人間を好きになってしまった弁慶さん…。


「…馬鹿…泣くな…私」


ぐいっと涙を腕で拭うと望美は自分に言い聞かせるように、泣くな、泣くなと呟いた。

視線を自分の左手に移せば、薬指に輝く指輪がはめられている。

あの時、弁慶から貰った指輪は当然捨てることなんてできなく、それどころか外すこともできなかった。

泣きたい時に泣くことも大切だと、両親のお葬式の時に九郎が望美に教えてくれた。

その時のことは今も望美の記憶にしっかりと残っている。

でも、今は涙を押し殺すことが弁慶に対しての謝罪だった。


「…もう…こんな時間…」


机に置かれた時計を見ると時刻は二十三時を指していた。

あと一時間もすれば、新しい年へと変わる。

こんな気持ちを引きずったまま新しい年を迎えてはいけないと、望美は家を出た。

持ち物は必要最低限だけ。

携帯も置いてきてしまった。

家を出ると、近くの神社へと向かうのであろう親子連れがたくさんいた。

その光景は、とても微笑ましくあり、同時に望美の心を締め付けた。






****






「…くそっ…望美さん…一体どこへ…」


はぁ…、と弁慶は走っていたために乱れた荒い呼吸を整える。

一人で暮らすマンションであと残り僅かな年を越そうとしていた所、九郎から電話がかかってきた。

急いで仕事を終わらせ家に帰ると望美がいないのだという。

普段こんな時間に望美は一人で出歩いたりしないし、携帯は部屋に置きっぱなしで連絡も取れない。

家の近所を探してみたが見つからなく、弁慶の所に来ていないかということだった。

もちろん弁慶の所へは来ていない。

別れてからというもの、連絡も取っていないし、学校の廊下ですれ違おうと目も合わせない。

他に望美が行きそうな所など全く見当が付かない。

九郎は家で望美の帰宅を待ち、弁慶は手当たりしだい望美を探すこととなったのだ。


「望美さんっ…」


今日という日を、望美が一人で過ごしているとは弁慶は知らなかった。

てっきり九郎と過ごしていると思っていた。

一体どんな気持ちで一人で過ごしていたのだろう。

強がっているけど、とても繊細で弱い人だということは弁慶にはよくわかっていた。

一緒に過ごす両親はすでにいなく、新しい家族の九郎もいなくて、どんな気持ちであの家に一人いたのだろう。


「…っ…僕は…僕は馬鹿だっ…!」


どうして、彼女がアメリカから帰ってくるまで待っていると言えなかった…!

ヒノエに未練を指摘された時、すぐに望美さんの元へ駆けつけなかった…!

…好きだと…愛していると、この腕に抱きとめてやらなかった…!

こんなに心も身体も、彼女を求めているのに…!

今すぐこの腕の中に抱き締めたい。

抱き締めて、愛を囁きたい。


弁慶は無我夢中で走った。

人気の無い公園、たくさんの人だかりの神社、望美の通っている高校。

とにかく探し回った。

そして…見つけた―。


「望美…さん…」


そこは、墓地だった。

付き合っている時に一度だけ望美に連れて来てもらったことがある、望美の両親のお墓。

望美は膝を抱え込むようにして身体を丸めて、お墓の前に座っていた。


「……弁慶さん…?」


まるで幻でも見ているかのような虚ろな瞳で望美は弁慶を見上げた。


「…探しましたよ…望美さん」

「……どうして…弁慶さんがここに…」

「仕事から家に帰った九郎が君がいないと電話をくれました」


君のために急いで仕事を終わらせたみたいですよ、と告げると望美は顔を曇らせた。


「…九郎さんに心配かけちゃった…それに、弁慶さんにも…」


すみません…と謝る望美に弁慶は首を振った。

そして、そっと望美の隣に腰を下ろした。


「…君は…ここで何をしていたんですか?」

「……何も…。ただ…一人が嫌で……気が付いたらここにいました…」

「…僕に電話してくれれば会いに行きました…」

「え、弁慶さんが?」


望美は儚げに笑って、「まさか」と一言呟いた。

今こうして二人は自然に話しているが、別れてから初めての会話だ。

約二ヶ月ぶりぐらいだろうか。


「本当ですよ。僕は君が寂しいと言ったらきっとどこへでも駆けつけます」

「ふふ…弁慶さんって優しいですね、本当に…優しい…」

「君には特別です」

「別れた彼女にも優しくしてくれるんですね…でも、私には辛いだけです…」


望美は降ろしていた腰を上げ、立ち上がった。

弁慶は何も言わず望美を見上げた。


「私…もう帰りますね。…九郎さんが待ってます…」

「望美さん」

「迷惑ばかりかけてすみませんでした…もう、弁慶さんを振り回したりしませんから」

「望美さん」

「…だから…だからお願いだから……」


これ以上、優しくしないで。

諦められなくなってしまう…貴方を想う気持ちを…。

心が叫んでる…貴方を愛していると。



望美の涙が零れるのと同時に、弁慶が望美を抱き締めた。


除夜の鐘が辺りに鳴り響く。




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