長編

□抱き締めて、囁いて
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うららかな、日曜日の朝。

望美はカーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました。

目を擦りながらベットから身体を起こし、眠気を覚ますために洗面所に向かい顔を洗う。

鏡に映る顔を覗きこみ、にっこりと笑顔を作る。


「…良かった、ちゃんと笑える」


ほっ…と息を吐き、洗面所から出ると、台所へ行き冷蔵庫を開けた。

冷蔵庫の中には、ほとんど食材が入っておらず、望美は仕方なく冷蔵庫を閉じた。

辺りを見渡し、テーブルの上に置いてあった食パンを2枚手に取り、オーブンにかける。

トーストが焼き上がるまでの間に、インスタントコーヒーを用意する。


そして二階で眠っている、昨日から一緒に暮らし始めた青年を呼びに行く。




「九郎さん…起きて」


スヤスヤと寝息を立てて幸せそうに眠っている青年は九郎。

望美とは遠縁の親戚だが、まるで実の兄のように慕っている。

なかなか起きない九郎の肩を数度揺するが、起きる気配はない。


「…よし!」


何を思ったか、望美は九郎のベットに潜り込み、身体を密着させた。

そして、耳元でそっと囁いた。


「九郎さーん、起きないと先に朝ご飯食べちゃうよー?」

「…ん…望美?…」

「おはよう、九郎さん!一緒にご飯食べよう」

「…おはよ…」


まだ少しボーっとしているのか、再び目を閉じそうだった九郎の頬をペシペシと軽く叩く。


「もう!起きてよ、九郎さん!」



















1章 弁慶との出逢い

















テーブルに並ぶのは、少し焦げたトースト二枚とインスタントコーヒー。

望美と九郎は向かい合って座り、それらを口におさめていく。

ふと、ちらりと望美に視線をやった九郎は軽く溜息を吐いた。


目を覚ますと、同じベットの中に一緒に暮らし始めたばかりの少女、望美がいたのだから。

いくら望美が自分のことを実の兄のように慕ってくれているとわかっていても、九郎も望美も年頃の男女だ。

親戚だといっても遠縁で、恋人になることができれば、結婚だったできる。

九郎だって望美のことは妹のように思っている、だから男として意識してほしいわけではない。

無垢な望美が将来、悪い男に騙されないかと心配で、まるで親心のようなものを抱いているのだ。


「俺って…過保護だよな…」


苦笑しながらぽつりと呟いて、コーヒーをゴクリと飲み込む。

熱っ!っと飲んだコーヒーを噴き出しゴホッゴホと咳を立て、大丈夫?と望美に背中を擦られた。




朝ご飯を食べ終え、食器を片付けようとしていた九郎の手を望美が止めた。

私が片付けるから、と。

九郎は自分ですると言ったが、望美がこれぐらいさせてと譲らなかったので任せることにした。

リビングのソファに腰掛けて新聞を読んでいると、片付けを終えたであろう望美はやって来た。

そして、九郎の横にトンっと腰掛けた。


「九郎さん、新聞読むんだね」

「まぁな。あ、望美、お前高校どうするんだ?」

「え…」


そう言った途端に望美の顔が曇ったことに、九郎は気付いた。


「お前、中三だろ?」


望美の通っている中学はエスカレーター式ではない、

だから高校に行くなら受験を受けなければならない。


「…私…働くつもりなの」

「働く?高校は!?」

「だって…九郎さんに迷惑かけちゃうし…」

「そんなことは気にしなくていい。高校ぐらい行け」

「でも…」


俯き眉を潜める望美に、九郎は腕を組み、はぁ…と溜息を零して言った。


「でもも、だってもない!…俺にまで遠慮するな」


九郎は望美の顔を覗きこむようにして、優しく笑顔を向けた。

その笑顔に安心したのだろうか、望美はえへっ…と笑って九郎に感謝した。


「九郎さん…ありがとう。でも私、高校行くつもりなかったから勉強が…」


情けないように、ごにょごにょと言葉を濁らせながら九郎を見た。


「それなら、家庭教師でも呼ぶか」

「家庭教師?」

「あぁ。ちょうど俺の大学の知り合いが、家庭教師の仕事を探しているんだ」


そいつなら、割安で家庭教師になってくれるし丁度いい、と九郎はポンっと手を叩いた。


「でも…私」

「望美…いつまでも俺以外の人間を避けていくつもりだ?」

「……」

「俺もついてるから…少しずつ…頑張れ…」


九郎は望美の肩を抱き寄せ、頭を撫でてやった。

少し落ち着いたのか望美は目を伏せ、九郎の肩に頭を乗せた。


「…うん、頑張る」







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