長編

□抱き締めて、囁いて
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※微裏注意!

















弁慶さんと別れてから、私の気持ちは募る一方だった。

だから…弁慶さんが今でも私のことを愛してると言ってくれてすごく嬉しい。

嬉しいけど……同時に頭によぎった。

私は、本当に弁慶さんとやり直していいのだろうか…。

弁慶さんは優しくて、頭の良くて…無限の未来のある人。

元々、私となんて釣り合っていなかった…。

今、私がやり直したいと頷けばこの人の未来を奪ってしまうのではないか…。

またいつか弁慶さんを傷つけてしまうんじゃないか…それが不安で堪らない…。

好きだから…愛しているからこそ…解放してあげるべきなのかもしれない…。


「……私は……やり直すつもりはありません」


長い沈黙の後、ようやく望美の口から出た言葉はそれだった。

弁慶はそう言われることを微かだが予感していた。

そう簡単に一度決めたことを、考えを変えるような人ではないということは良く知っているから。


「…では、もう一度…友人から始めてくれますか」

「…それもできません」

「どうしてですか?」



貴方を私から解放したいから…。


優しい貴方を、いつかまた傷つけてしまいそうで怖いから…。



「理由なんて…ありません。離れている間に、気持ちが無くなったんです…」


自分でそう言葉を紡ぎながら、望美は胸の痛みを感じた。

これでいい、これが弁慶のためだと…自分にそう言い聞かせる。

望美は今まで嘘なんてついたことはない。

もちろん人間なので冗談ぐらいは言うが、自分の気持ちを偽ったことなどない。

人に嫌われることが怖いからこそ、嘘はつかない。

嘘をつくということは、偽りの自分を周りに固めることだから。


「もう、本当にお別れしましょう…」


でも今はこれが弁慶のためだからと、嘘をつくのだ。

黙って、望美の言葉を聞いていた弁慶が口を開いた。

その弁慶の顔がとても穏やかに微笑んでいて、望美は呆気をとられた。

どうして彼がそんな顔をしているのかわからなかった。


「…君は本当に可愛い人ですね」

「っ…!?」

「普段君は真っ直ぐ僕を見つめてくれます…そんな君だから、嘘をつくことはとても下手です」

「私、嘘なんて…!」

「じゃあ…もう一度、僕の目を見ていえますか?」

「言えます…!私は…っ…」


視線を弁慶と合わすと、真っ直ぐに自分を見つめる彼がいた。

その瞳はとても優しく、望美は言葉を発することができなかった。

「私はもう弁慶さんのことは好きじゃありません」…とその一言をいえばいいだけ。

でも、どうしても口が動かなかった。

言葉が紡げなかった。


「…っ…弁慶さんはするい…です」

「何がですか」

「私よりもずっと大人で…頭も良くて…かっこいいし…優しくて…なんでもできて…ずるい…っ」


もう言っていることはめちゃくちゃだ。

望美は自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。

頭の中がグルグルして、何だが溢れて視界が歪んだ。

ぽたっ…と溢れた涙が頬を伝い、膝の上に握られた拳に落ちた。


「嫌いっ…弁慶さんの馬鹿…っ…私、の気持ち…どう、してくれるんですか…っ」

「望美さん…」

「もう…やだ…私なんて…嫌い…大嫌い…っ」


こんな自分は大嫌い。


人を傷つけることしかできない私なんて…なんの価値があるの?


「……ごめんなさい、ごめんなさい、弁慶さんっ…」

「それは何に対しての謝罪ですか?」

「わか…ら…ない…」

-
ただ嗚咽を抑えながら、泣き続ける望美に弁慶は少し困ったように笑った。

泣いて謝る望美には申し訳ないと思うが、弁慶の心の中は愛しさで埋め尽くされていた。

この細い身体でいつも一生懸命な彼女が可愛いと心の底から思う。


「…ひく…っ…ふぇ…」

「…望美さん、僕を見て…」


俯いたまま顔を上げられない望美は無理だと首を振った。

弁慶は構わず望美の頬の手を添えると、そのまま自分と視線を合わせた。


「…望美さん、僕のためにそんなに泣かないでください」

「べん…け…さん………んっ…」


突然唇を重ねられたことで、望美は驚き目を見開いた。

でも、そのキスを拒むことはできなくて望美は瞳を閉じた。







*****








「っ…ぁ…べん…け…い…さっ…」

「…望美さん…っ…」


あの後、触れるだけのキスが深いものに変わって、弁慶は望美を求めた。

拒絶されるかと思っていた弁慶だったが、望美は抵抗しなかった。

ベットに押し倒し、一枚一枚服を脱がせていく。

脱がせた服をベットの下に落とすと、ぱさり、と音を立てた。

その音に反応して望美が顔を赤く染めたのが合図で、弁慶は身体中にキスを降らせた。


「やぁ……っ…」

「我慢しなくていいんですよ…もっと声を出して…」


弁慶は今までの情事で見つけた望美が感じるところ舐めあげた。

声が出ることが恥ずかしくて、望美は自分の手を噛んで声を抑える。

すると、その手も弁慶に取りされられてしまう。


「…いや…べんっ…けい…さん…」

「愛しています…望美さん………君は?」

「っ…はぁ…んんっ…」

「答えて…望美さん…」

「…んっ……好き…べん、け…さんが…大好きっ…」


それを聞くと、弁慶は嬉しそうに微笑んで望美を抱き締めた。


「…もう、君を離したりしない…」

「弁慶さん…」

「待ってます…君が…アメリカから帰ってくるまでずっと…ずっと」


何年かかろうと待てる。

待つことよりも辛いことを知ったから、気持ちが離れてしまうことの方がずっと辛いから。


「だから…アメリカから帰ってきたら…僕の傍にいてください、……僕と結婚してください」

「……はい…っ…」


頷きながら、望美は涙を溢れさせた。

もちろんそれは悲しみの涙ではない、嬉し涙だ。


「…愛してます…弁慶さん…」

「…望美…」


弁慶は抱き締めていた腕を解き、身体を少し離すと、望美と繋がるために腰を落とした。

久しぶりに感じる弁慶の熱に、望美は一瞬身体を引こうとしたが弁慶に腰を押さえられた。


「…っ…あっ…」

「望美…望美…」


何度も名を呼ばれ、キスを落とされ、身体を繋げ、望美の意識は次第に薄くなっていった。

意識を失う直前、弁慶が「やっと…本当に君を手に入れた」と言ったのは聞き間違いではないだろう。

望美は弁慶の腕に抱かれながら、眠りについた。

次に目を覚ましたら、きっと最高の笑顔でお互いを見つめられる…――。






6章END

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