長編

□抱き締めて、囁いて
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遙かなる未来まで














弁慶の車で家に帰って来た望美を九郎は温かく迎えてくれた。

てっきり怒られるかと思っていた望美はホッと一息ついた。

九郎は何も聞かずただ、「おかえり、望美」と言ってくれた。

望美はその優しさと嬉しさに涙が滲んだ。

大切な家族と、大切な恋人。

他にも学校で出会ったたくさんの友達、全部がかけがえの無い存在。

今の望美を彩る一部なのだ。

望美を九郎の元まで送った後、弁慶は自分のマンションには帰らず、九郎に話があると告げた。

その面持ちは神妙で九郎も何かを感じたのだろう、とりあえず上がれと弁慶を家に通した。

リビングのテーブルに向かい合うように座るのは、付き合うことを伝えに来たときと同じだ。

ただ前と違うのは、以前はにこにこと笑みを浮かべていた弁慶の顔がしっかりと引き締まっていること。

そして、弁慶の隣に寄り添うように座っている望美はずっと弁慶の手を握っていた。

テーブルの下で手を握っているので、九郎には見えていない。

ぎゅっと手を握って心配そうな顔をしている望美に、弁慶は小声で大丈夫ですよと囁いた。

コホンと一度軽く咳をして、弁慶は言葉を紡いだ。


「九郎、君に大切な話があります」


今のこの様子から大切な話があることは言わずともわかってはいたが、九郎はあえて何も言わなかった。

ただ、「なんだ」と言うだけだった。

弁慶が望美に視線を向けると、望美は目を伏せて頷いた。


「回りくどいのは嫌いですからね、率直に言います」

「あぁ」

「…僕たち、結婚したいんです」


数秒間の沈黙が続いた。

九郎は特に驚いた様子も無く、何か考え込んでいるようだった。


「…結婚って…望美はまだ十八歳だぞ」

「今すぐではありません。望美さんがアメリカから帰ってきたら…その時に」

「…何年後に帰ってこれるかわからないんだぞ?」

「それでも待ちます。僕は…どうしようもないぐらい望美さんを愛していますから」


弁慶は九郎に向けていた視線を望美に移して、微笑んだ。

それに答えるように、望美も嬉しそうに微笑み返した。

そんな二人に、九郎は「はぁ〜…」と大きく溜息を吐いた。


「九郎にはとても感謝しています。……望美さんと出遭わせてくれましたから」

「そんな感謝いらん」

「おや、九郎は僕と望美さんの結婚は反対ですか?」

「え…反対なの?九郎さん…」


すっかりいつものペースが戻ってきた弁慶と、悲しそうな顔の望美。

九郎だって、決して反対しているわけだはない。

ただ、やはりどこか寂しさが溢れてきたのだ。

望美と出遭って十三年、一緒に暮らして三年。

この時間は決して長いものではなかったが、短いものでもなかった。

二人で過ごしたたくさんの思い出がある。

望美のことをまるで妹のように、娘のようにずっと思ってきた。

その望美が今すぐではないとはいえ、結婚するとなると複雑な心境になってしまうのもしかたない。


「…反対ではない、ただ…望美は本当に弁慶でいいのか?」


酷い言われようだと弁慶は苦笑した。


「うん、私も弁慶さんのこと…あ、愛してる…から…弁慶さんじゃないと駄目なの」


照れながらも、望美ははっきりと自分の気持ちを九郎に伝えた。

他所の男を愛しているなんて聞かされては、兄代わりで父親代わりの九郎としては痛いところ。

でも、望美の幸せが一番の望みだ。

だから…こんなに幸せそうな望美を見ていて結婚を認めてやらないわけにはいかない。


「…弁慶、望美のこと不幸にしたら許さんからな」

「もちろん…幸せにしてみせますよ。世界一、…ね」






この後、さらに季節は巡り望美は高校を卒業し、弁慶も保健医を辞めた。



景時はそのまま高校の教師を続け、朔と敦盛は大学へ進学し、ヒノエは父親の会社に就職した。



そして……望美は九郎と共にアメリカへと飛び立った。



帰ってきたら、結婚しようと約束を交わして…―−。












****

















五年後。











前日が大雨だったせいか、その日はとてもよく晴れていた。

とある空港に黒のビジネススーツを身につけた一人の女性がいた。

すらっとした身体に、長い紫のかかった髪を纏めているその女性は美しくすれ違う人を引きつけた。

かつて幼かった少女のあどけなさは若干残っているという感じだろう。


「…五年ぶり…」


女性は一人ぽつりと呟いた。

そう長いことアメリカで生活していたため、五年ぶりの帰国となった。

五年ぶりといっても、年に数回は帰国はしていたがあくまでも本当の帰国ではなかった。


「えっと…荷物、荷物」


本当は一緒に帰ってくるはずだった家族がいたのだが、その人は仕事の関係で急遽帰国が遅れる事となった。

そのため、彼女は一人で帰って来た。

預けていた荷物を受けとり、自宅に向かおうとタクシー乗り場を探す。

すると、携帯にメールが届いた。


「誰からだろう…?」


画面を開くと、そこにはこう記されてあった。



『―お帰りなさい。

君は相変わらずお綺麗ですね。

ずっと待っていましたよ…僕の望美さん。―』



女性―望美は、辺りを見渡してメールを送った主を探した。

しかし、空港はたくさんの人の波でなかなか見つからない。



「っ…どこ…どこにいるのっ…?」



今にも泣きそうな顔で望美は『彼』を探した。



「どこにいるの……弁慶さんっ…!?……きゃっ!!」



ガクン、とハイヒールだったために脚をつまずいて扱けそうになってしまった。

もうすぐ床に顔をぶつけるという所で、見知らぬ男の人に抱きとめられ助けられた。


「っ…すみません!ありがとうございます、助けていただ…い…て…」

「全く…そそっかしい所は変わっていませんね」

「弁慶…さん…?」

「そうですよ、僕の顔忘れてしまいましたか?」


それは寂しいな、と弁慶が意地悪な笑みを見せようとする前に望美は彼の首に抱きついた。

辺りは人の波、当然目立っているが望美は弁慶から離れなかった。


「っ…弁慶さん!弁慶さん!」

「…お帰り、望美」


しばらく弁慶の首に顔を埋めていた望美だったが、そっと身体を離すと涙を零しながら微笑んだ。


「…ただいまっ…」







これからはずっと一緒だよ。



だって、貴方はいつだって私の傍にいて抱き締めてくれるから。



私に…愛してるって囁いてくれるから…。





END
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