長編

□抱き締めて、囁いて
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ジリジリジリジリジリ…


誰も止めることなく、部屋中に鳴り響く目覚まし時計。


「…んっ…」


少し大きい純白のベットで眠っている望美は聞こえてくる音を止めようと、ベットの横にある机に置かれた目覚まし時計に手を伸ばす。

しかし、まだ眠気が覚めていなく、身体は起き上がらず手だけを伸ばすが、なかなか時計がどこにあるかわかならい。

手探りでようやく時計を見つけ、鳴り響く音を止める事ができた。

ホッと息をつき、再び夢の中に戻ろうと布団に顔を深く埋める。

すると、今度は耳元に置かれた携帯が鳴り出し、画面には『梶原朔』と名前が出ている。

かかってきた電話を無視するわけにもいかず、望美はしかたなく身体を置き上げ、着信をとった。


「…もしもし、朔?」

『望美!?今、何してるの?』

「…何って、今起きて…。……!!?あ――!!学校―――――――――――っ!!!!」


望美が机に置かれた目覚まし時計に目をやると8時半を指していた。



















2章 好き、好き、大好き






















家系の血のせいなのか、望美と九郎は二人とも朝が弱い。

どちらか先に起きた方が、もう片方を起こすことになっている。

しかし、二人が一緒に暮らし始めてすでに3年目に入ったが、年に数回、二人とも起きれない時がある。

そして、今日はまさにそれである。


「もう!九郎さんなんで起こしてくれないのよ!」

「それは、俺の台詞だ!」


お互いに責任を擦り付けながらも、そんなことを言い争っている時間は二人にはない。

望美は高校に、九郎は仕事に行かなければならないのだから。

急いで制服に着替えた望美は、器用に髪を結いながら鞄に必要なものを詰める。


「よし…!」


用意が出来た望美は、カチッと鞄を閉めて肩に背負った。


「九郎さん、行ってくるね!」

「待て望美!」

「何?今、急いで…」

「忘れ物だ」


九郎は望美に布に包まれたお弁当を差し出した。


「え?いつ作ったの!?」

「いいから、早く行け」

「…うん!九郎さんありがとう!」


いってきまーす!と望美は元気よく家を飛び出して行った。

九郎は一瞬、走ると転ぶぞ…と言いかけたが、望美はもう小さい子供ではないのだった。

時が経つのは早い。

初めて出会った時は、まだ5歳ほどの小さな女の子だった。

一緒に暮らし始めたのが15歳の時、すでに3年が経ち、今は18歳の立派な少女に成長した。

ほんのちょっと前まで子供だと思っていたら、気付けば大人の目の前だ。


「…っと、俺も懐かしんでいる場合じゃなかった」


カチリと鍵を閉めたことを確認して、九郎も家を出た。









●○●○●○





家から高校までは、走って5分ぐらいで着く距離だ。

望美は全速力で走り、高校の門に着いた時、呼吸落ち着かせるために大きく息を吸い込み吐いた。

すでに時刻は9時を目前にしていて、授業は始まっている。


「…はぁ」


途中から教室には入り辛い、望美は溜息を零した。

自然に教室に向かう、足取りが重くなった。



「あれ…、春日さん?」

「え?」


呼びかけられた声に振り返ると、そこには白衣を着た女性と見間違うような顔をした青年が立っていた。


「弁慶さん!」

「春日さん、学校では…」


あ…っと望美は思わず口を押さえた。


「藤原先生…ですね、おはようございます」

「はい、おはようございます」


この青年の名は藤原弁慶。

ここの高校の保険医で、九郎の大学時代からの友人で、かつて望美の家庭教師だった。

望美と出会ってすでに三年が経ったが、二人の関係はあのころのまま、生徒と先生だ。


「春日さん、また遅刻ですか?」


図星を突かれて、うっ…と望美は眉を潜めた。


「…はい」

「ということは九郎もですね。君達は本当に朝が弱いですね…」


全くその通りだと、望美は耳が痛い思いだった。

クスっと笑う声が聞こえて、望美が顔を上げれば弁慶の顔が目の前にあった。


「…何なら、僕が毎朝君に電話をしてあげましょうか?」


望美はボッと顔を赤く染めて、顔を逸らした。


「け、結構です!結構です!」


…そうですか?と残念そうに目を伏せ弁慶は望美から離れた。


「では、僕は保健室に戻ります。春日さんは教室へ…」

「はい。それじゃあ、また…」



白衣をなびかせ去っていく弁慶の後姿を見ながら望美は胸が高鳴るのを感じた。




出遭ったころ、密かに感じた気持ちが三年経った今はちゃんと分かる。




この気持ちが恋だということを…。






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