長編

□抱き締めて、囁いて
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望美とヒノエ君の出会いは高校の入学式。

同じクラスの整った顔立ちに真っ赤な髪の少年はとても目立つ存在だった。

隣のクラスから女子生徒が覗きに来るぐらいの人気だったが、望美には関わりのない話だった。

きっと特に親しくなることもないと思っていたが、機会は唐突にやって来た。


『望美さん、僕の甥のヒノエです』


その日のうちに、弁慶にそう紹介されたのだった。

対面し、顔を見合わせた望美とヒノエは何とも言えない顔をしてお互いを見合わせた。

おや、知り合いですか?っと弁慶が口を挟み、ようやくヒノエが話し始めた。


『同じクラスの…春日さんだったっけ?』


普段とても人見知りをする望美だが、弁慶の甥ということで割りと安心してヒノエとは話すことができた。


『うん。名字が弁慶さんと同じだとは思っていたけど、甥だったんだね』


望美がそう言うと、ヒノエはふぅーん…っと口を歪めて面白そうな顔をした。

すると望美をまじまじ見て、こう言った。


『あんたが弁慶のお気に入りの望美ちゃんかぁ』


なっ…!と望美の頬を赤くさせ目を見開き、弁慶に振り返った。

弁慶はというと、特に表情も変えずに微笑んでいた。

そして、「お気に入りと言う言い方は違いますが、望美さんのことは大切に、可愛いと思っていますよ」っと囁かれた。

そんな二人のやり取りを面白くなさそうに見ていたヒノエが、去り際には「じゃあ、またな望美」っと言った時には今度は弁慶が面白くなさそうな顔をした。

出会って、話すことも初めてでまだ親しくもなっていないのに、いきなりの呼び捨て。

望美は顔を赤くしながら、さすが弁慶の甥だと思った。

いや、もしかしたら弁慶以上の曲者かもしれない。



それからというもの、ヒノエは望美によく話しかけてきて自然と親しくなっていった。

偶然なのか、必然なのか二人は3年間同じクラスになり、今に至る。

いつも、朔とヒノエと敦盛の4人で一緒にいた。

だから、近すぎて気付かなかったのかもしれない。

ヒノエの気持ちを…。

初めは望美のことを本当に興味本位でからかっていたはずが、いつの間にか恋という温かい気持ちを抱くようになったことを…。







●○●○






「今までも何度も言ったことあるけど…望美はいつも本気にしてなかったけど、俺は望美が好きだよ」


声を震わせ、言葉を発することができない望美にヒノエは再度気持ちを伝えた。


…何か言わなきゃいけない…言わなきゃ…。

私は…弁慶さんが好き…、ヒノエ君の気持ちには答えられない。

っ…!今までも告白してくれた人達にはちゃんと言えたのに…言葉が出ないっ…。


ずっと近くで見てきたはずのヒノエの顔が今まで見たことないぐらい真剣で、真っ直ぐで熱くて。

望美は視線を逸らすことも、言葉を出すこともできなかった。

そんな望美を見かねたヒノエは苦笑した。


「…ごめん」

「え…?」


今、ごめんと言ったのはヒノエの方だ、望美ではない。

どうしてヒノエが謝るのか分からず、望美は目を丸くした。


「望美の気持ちを知っててこんなこと言うなんてずるいよな…」

「え…」

「…弁慶が好きなんだろ?」

「っ…!!」


驚き素直に反応してしまった望美に、さすがのヒノエも苦笑して溜息を吐いた。


…知ってたよ、ずっと。

気付かないわけないだろう?

3年間も同じクラスで、ずっと一緒にいて…。

望美が弁慶に向ける瞳が他の男に向けるものとは違うなんてすぐに気が付いた。

そして、弁慶も…、悔しいからこれは望美には教えてやらないけど。


「ど…して分かったの…?」

「望美の視線の先にはいつも弁慶がいたから」

「わ、私そんなつもり…!」


自分でも無自覚だった。

確かに、弁慶が傍にいれば彼ばかり気になってしかたなかったが、そんな周りに分かるほど見つめていたなんて。

望美は顔を染め、俯いた。


「望美が弁慶を見ている時、俺は望美を見ていたんだよ」

「ヒノエ君…」

「好きだよ望美が、ずっと好きだった」

「…ありがとう…ごめん、ね…」

「謝らなくていいよ、俺だって本当は早く振られたかったし…」

「え?」


二人が想いを交わしていなくても、両想いだということはわかっていた。

そして…きっと二人の仲は裂けないということも…。

裂きたいとまでは思わないけど…やっぱり悔しかった。

相手があの叔父だということもあって、なかなか諦めがつかなかった。


「いや…何でもない。…それより望美、後ろ」

「え…」


ヒノエに言われ振り返る。

振り返るとそこには、白衣を纏った青年が瞳を見開き望美を見つめている。

ゴクリと望美は息を呑み、固まった。


「…弁慶さ…ん」


合わさった視線がたまらなく痛い。

でも、逸らす事なんて到底できなかった。


…今の話…聞かれてた?


思わず身を引いてしまった望美に弁慶はジリジリとにじり寄って来る。

するとヒノエがポンッと望美の肩を叩き、「頑張れよ」とウインクして去っていった。

望美と弁慶、二人だけとなった人気のない裏庭。

いつも望美には笑みしかみせない弁慶が強張った表情をしている。


「…望美さん、さっきの話ですが」


ドクン


心臓が止まるかと思うほど脈が速くなったのを望美は感じた。

視線を合わせていることが耐え切れなくなって、この場から逃げだそうと思ったが、腕を弁慶に掴まれそれは敵わなかった。


「…どうして逃げるんです」

「いや…離して下さい!」


…まだ、まだ、弁慶さんを好きでいたいの…。

適わない想いでも、ただ好きでいたいの。


「ちゃんと教えて下さい!君が僕を好きだというのは本当ですか!?」

「っ…!」


私が弁慶さんに見合う大人になったら気持ちを伝えようと思っていたのに…それなのに…

こんな形で聞かれてしまうなんて…!


「僕は…自惚れていいのでしょうか?」


……え?


「弁慶さん…?」

「君も僕と同じ気持ちだと…そう思っていいのでしょうか?」


同じ気持ち…?

私と弁慶さんが…?


「僕は君が好きです…」




ぽたっ



息が詰まる、涙が勝手に溢れてくる。


まるで世界中に私と弁慶さんしかいないようなそんな錯覚を起こしそうになる。


「…っ…もう一回…言って…ください」


ようやくその言葉を言うのが精一杯だった。


「好きですよ…望美さんが…ずっと好きでした」

「…ふぇ…べんけ…さ…っ」


涙が止まらない私を弁慶さんはそっと抱き締めてくれた。

そう…出会った頃のあの時のように…。


「…望美さん、望美さん」

「はい…」

「顔を上げて笑って…君には笑顔が一番似合います」


望美は流れる涙を腕で拭い、何とか息をつく。

そして、涙で歪んだ瞳で抱き締めてくれている人、弁慶をそっと見上げた。


「望美さん…」


隙間がないほど近づいてくる弁慶の顔。


キスされる…!そう思った途端に望美は上げていた顔を俯けてしまった。


「……望美さん」

「ご、ごめんなさいっ…!…恥ずかしくって…」


湯気が出るんじゃないかと思うぐらい真っ赤な望美を見て、弁慶は少し残念そうな顔をしながらも顔を離した。


「…キスは初めてですか?」

「当たり前じゃないですか!彼氏だっていたことないのに…」


そう聞くと、弁慶は満足そうに微笑んだ。


…本当は望美さんがキスも何もかも初めてだってことはわかっていたんですがね。


つい意地悪な心が働いて、彼女に聞いてしまったのだった。

きっと、これから望美は弁慶に振り回され…いや、惜しみないほど大切にされるのだろう。


「…じゃあ、僕が君の初めての彼氏ですね」

「はい…」


改めてそういわれると、とても恥ずかしい。

なんだか、すべて夢のような心地だった。


「君のペースに合わせます…だからいつか僕に君の全てを下さいね…」


望美が言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

数秒後、理解した望美が泣きそうな顔をしてうろたえ頬を真っ赤にした。

そんな望美すらも愛しくてしかたない弁慶は相変わらず余裕な顔をしていた。


「…一生離しませんから覚悟してくださいね?」


弁慶がそっと耳元で囁くと、望美は「臨むところです」と微笑み返した。







これが、恋人となった二人の始まり。





2章END

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