長編

□笑顔の先に
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義経









「ねっ、私が言った通りでしょう?」


少し赤い顔で息を整えながら、褥の上に寝ている望美は微笑んだ。

見上げるように微笑まれた夫、弁慶はそんな妻をいとおしく見つめ返した。


「…はい、君の言った通り男の子でしたね」


そう言った弁慶の腕には、まだ生まれて間もない我が子が抱かれている。

さっきまで泣いていたのが嘘のように、今は大人しく眠っている。

我が子の顔を見ようと望美が身体を起こすのを、弁慶は子を抱きながら器用に支えた。


「可愛い…私の赤ちゃん…」


望美は弁慶の腕に抱かれた我が子を覗き込むと、つんつんと頬っぺたを突付いた。

すると、密かな刺激に反応したのか嬉しそうに身体を捩った。


「この子は、弁慶さん似ですね」

「そうですか?目元なんか君にそっくりですけど」

「目元はそうかもしれませんけど、鼻筋、髪の色は弁慶さんにそっくりです」


薄く頭に生えている髪は、まさしく父親から受け継いだとわかる金とも見える蜂蜜色。

筋の通った鼻筋も父親似だ。

母親である望美に似ているのは、目元、瞳の色ぐらいだろうか。

紛れもなく二人の血を受け継ぐ子供。

二人を家族として繋いでくれる存在。


「…名前、弁慶さんが前に決めてくれましたよね」

「はい…」

「呼んであげてください、この子を…名前で…」


そう、名はこの子がまだ生まれる前に決められていた。

望美がお腹の子は男の子だと思うと言い出したのが始まり。

弁慶が子供の名前は自分に付けさせてほしいと言い出したのだ。

親が子に与える何は意味が込められている。

優しい子になるように、人を思いやれる子になるように、その子が幸せになれるように。




「……義経…」




そっと名を呼べば、腕に抱かれた我が子は目を覚ましたらしくこちら見て笑っている。

あー、うーっと何を喋っているのかわからないが、嬉しそうにこっちを見ている。

この名に込めた両親の想いをまるで感じ取っているかのように。

そんな我が子の様子に涙を零したのは望美であった。

かつて、自分が愛していた人のことを思い出して泣いているのか、それとも我が子のことを思って泣いているのか。

弁慶にはどちらにも感じた。

我が子を褥に寝かせると、望美を包み込むように抱き締めた。


「望美さん…」

「違うんです…これは嬉しくて泣いているんです、弁慶さんがいてこの子がいて…」


胸が一杯になってしまったんです…と望美は弁慶の胸に顔を埋めながら呟いた。


「僕も嬉しいです……幸せですよ。君と義経がいて…」


大切に、慈しみながら育てましょう…と弁慶が呟けば、望美は涙を溜めながら頷いた。







『義経』の名に込められた想い…



それはかつての、『彼』のように真っ直ぐで優しい子に育つように…――。





END
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