長編

□笑顔の先に
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ぎこちない二人







「やだ、あっち向いていてください!」

「今更、そんなに照れなくても…」

「ヤです!!むこう向いて弁慶さん!」


妻である望美に強く拒絶されたことで、弁慶は渋々と妻に背を向ける。

何を拒絶されたかというと……。

ちらっと背を向けた妻の方を覗くと、妻が腕に抱いた我が子におっぱいをあげていた。

そう、その光景を恥ずかしいから見ないでと望美に拒絶されたのだ。

弁慶にとったら今更だ。

子供ができるようなことをした時は、お互いの気持ちが交わる前だった。

確かにお互い、相手の身体をまじまじと見る余裕はなかっただろう。

しかし、こうして子供がいて、身体を重ねたのは事実である。

第一、夫婦であるのだからそんなに嫌がらなくても…と思わずにはいられない。


「弁慶さん、もうこっち向いてもいいですよ」


そう言われて振り返ると、望美は今にも眠ってしまいそうな顔をしている我が子を愛しげに見つめていた。

そんな望美に、弁慶もつられて微笑んだ。


「眠ってしまいそうですね、義経」

「あ、私寝かせてきます」


立ち上がろうとした望美を弁慶が止めて、「僕が行きます」と我が子を受け取った。

そしてしっかりと肩まで布団をかけてやり、トン、トンと頭を撫でてやる。

いつしか小さな寝息が聞こえてきた。


「…眠っちゃいましたね」

「はい、君はずっと付きっきりで疲れているでしょう?君も昼寝してはいかがですか」

「私は大丈夫です。それより弁慶さんこそ疲れていませんか?」


僕ですか?と弁慶は首を傾げた。


「僕は全然疲れていませよ。君が子育てを頑張ってくれているお陰です」

「でも…弁慶さんは薬師の仕事もあるのに、子育ても手伝ってくれているし…」


心配そうにこっちを見る望美に弁慶は安心させるように笑った。


「子育てを手伝うのは当然でしょう、君と僕の子なんですから」

「弁慶さん…」


思わず、望美は弁慶の腕に抱きついた。

一瞬驚いた弁慶だが、すぐに笑みを見せ抱き締め返す。

恥ずかしがりやの望美が自分の方から甘えたりしてくることは少ない。


「望美さん…」

「はい…?」

「こっちを向いてください…」


弁慶の胸に顔を埋めていた望美が顔を上げると唇に温かい感触が広がっていく。


「んっ…」


優しい口付けが降ってくる。

啄ばむような口付けが繰り返され、次第に深くなっていく。


「ふ…ぁ……んっ…」


口付けに答えるように、弁慶の背に腕を回す。

しばらくすると名残惜しげに唇が離された。

思考が止まったようにぽうっとしている望美に弁慶は囁いた。


…そんな色っぽい顔をされたら昼時だと言うことも忘れて、押し倒したくなってしまいますよ…と。


言うまでもなく、望美はボッと顔真っ赤に染めた。

くすっと笑い、冗談ですよと弁慶は自室へと戻って行った。

一人残された望美は、我が子を見つめながら呟いた。


「…押し倒してくれてもいいのに…ね」



弁慶に触れてほしい望美と触れられない弁慶。






END
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