長編

□笑顔の先に
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恋人以上、夫婦未満?








どこの世界でも夫婦にとって夜の営みとは大切なものである。

それがうまくいかないと離婚の原因にだってなりうる。

京の五条におしどり夫婦と呼ばれる年若い男女がいた。

夫は薬師であり多くの人達に慕われ、必然的にその妻もいつしか人気者になっていた。

二人の間には子供も生まれて、周りからは何も問題はないように思われた。

しかし、その夫…弁慶は悩んでいた。

他ならぬ妻、望美との夜の営みのことで…。


「ふぅ…」


弁慶はこの日、何度目になるかわからない溜息を吐いた。

いや、正確には今日だけではない。

子供が生まれて、少し経った頃からだろうか。


「やっぱり…抱けない」


口付けなら何度も交している。

しかし、どうしてもそれ以上に踏みきれない。

なぜなら、弁慶と望美の関係は普通の夫婦とは違うのだ。

そもそも、想いを交わす前に身体を重ね、子供ができ、祝言をあげた。

明らかに、順番が普通の恋人や夫婦とは違う。

たった一度の交わりだって、愛する人を失った望美を慰めるために抱いた。

そして、望美は弁慶に失った愛する人を重ねていた。

想いを交わした今でも、どうしてもそのことが頭をよぎってしまう。


「……情けない、な」


本当、自分がこんなに情けない男だなんて知らなかった。

臆病だんて知らなかった。

いつまでも触れてこない弁慶に望美は不安がっているかもしれない。

そう思うけど、どうしても一歩前に進めない。

夜、子供を寝かしつけた後やってくる夫婦の時間はいつも会話や口付けで終わってしまう。


「…無理だ」


…望美さんのことは、愛してる。

愛しくて仕方がない。

だから本当は毎日でも触れ合いたい……けど。

思い出してしまう、あの時…初めて抱いた時の僕を「九郎さん…」っと呼んだ彼女を…。





****





私がこの世界に来てどれぐらいの時間が経ったかな。

いろんなことがあったよ…失ったものと得たもの。

どっちも大切で愛しい宝物。

一時は愛する人を失い、とても辛くて苦しかった。

でも…もう一度、私に愛することを教えてくれた人がいる。

気が付けばいつも傍にいた貴方を…弁慶さんを愛していた。

弁慶さんも私のことを好きだと、愛してると言ってくれた。

…なのに…どうして?

どうして、私に触れてくれないの?

わからない…弁慶さんの気持ちが…。


「…はぁ…」


望美は大きく溜息を吐いた。

そんな望美の感情を感じ取ったかのように、腕に抱いていた義経が泣き出した。


「わっ…起きちゃった…」


ついさっきまでは自分の腕の中で気持ち良さそうに眠りについていたのに。

そういえば、子供とは人の感情に敏感だと聞いたことがあった。


「よし、よし…ごめんね、私が落ち込んでいたのが伝わっちゃったのかな…」


あやすように揺すってやるが、一向に泣き止む気配は無い。

こういう時は弁慶があやすのを手伝ってくれるのだが、今は往診に出掛けている。

まだ出掛けてそんなに時間も経っていないので、しばらくは帰ってこないだろう。


「…ごめんね、ごめんね…」


すっかり弱りきってしまって、望美は言葉も通じない義経に何度も謝ってしまう。

母親として強くなくてはいけないと思うのに、涙が浮かんでくる。


「…駄目だ…私…」


こんなんじゃ駄目なのに…。

子供の前で泣いてしまうなんて、情けない…。

不安で押しつぶされそう…。




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