長編
□笑顔の先に
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「望美さん…?どうしたんです…泣いているんですか…?」
ふと後ろからかけられた声に驚き振り返ると、往診に行っているはずの弁慶がいた。
「弁慶さ…なんで…」
まだ当分、帰ってこないはずの弁慶がいることに望美は目を丸くする。
弁慶は望美を覗き込むと手を伸ばし、スッと涙を拭ってやる。
「持っていくのを忘れた薬があって取りに帰って来たんです。…それより、君はどうして泣いているんですか?」
薬を取りに帰ってみると、義経の鳴き声が聞こえた。
そして、ごめんね、ごめんねと弱々しい声で謝る望美の声。
驚き駆けつけると、そこには涙を流した愛しい人がいた。
弁慶は望美から義経を受け取ると、ゆっくりと揺らしながら背中をトン、トンと叩いてやった。
すると、安心したのかさっきまで泣いていたのが嘘のように泣き止み眠りについた。
眠った義経を褥に寝かせると、再び望美と向かい合った。
「さて、望美さん。聞かせてくれますか…その涙のわけを…」
「……なんでもないです」
「なんでもないなら、どうして泣いていたんですか?」
「……」
黙り込んでしまった望美に弁慶は困ったように笑う。
想いが交わる前はいつも弁慶を頼っていた。
九郎を失い、心が支えを求めていたせいもあっただろうが。
しかし、想いを重ね合わせてからの望美は悩みを弁慶には言わずに、溜め込むことが多くなった。
薬師で忙しい弁慶を気遣っているのかもしれないが、そんなことは止めてほしい。
夫婦なのだから、悩んでいることがあるなら何でも話してほしい。
といっても、自分も悩みを溜め込むくせがある弁慶に人の事はいえないが。
「ねぇ、望美さん。僕達は…夫婦ですよね?」
「はい…」
「本当にそうですか…?こんなによそよそしい新婚の夫婦がいますか?」
「何が言いたいんですか…」
「…僕も君に黙っていることがあります、だから君にもすべてを打ち明けてほしい…」
お互い隠し事なんて止めましょう…?
そして、こんな仮初みたいな夫婦に終わりを告げて、本当の夫婦となりたい。
「愛しています…」
「弁慶さん……んっ…」
優しい口付けを受けながら、ぎゅっと抱き締められる。
弁慶は外見からしたら華奢に見えるが、意外と逞しい身体をしている。
唇を離すと、お互いの視線が合わさった。
話してくれますね?と視線を向けられて、望美は小さく頷いた。
「…はっきり言います。……弁慶さんは本当に私と夫婦となってよかったんですか?」
「………は………?」
今、望美が何ていたのかわからない…といったように弁慶は目を見開いた。
「弁慶さんは…やっぱり義経がいるから、私と夫婦でいるんじゃないんですか?」
「何を言って…」
「だって…」
望美はぐっと拳を握り締めた。
「だって私のこと…だ、抱こうとしないじゃないですか!!」
…
……あぁ。
夜の営みのことで、望美さんを不安にさせているのではないかと思っていたけど…。
まさに、その通り。
やっぱり気にしていたみたいですね…。
情けない…大切で、大事にしたいこの人を自分が不安にさせてしまうなんて。
「…不安にさせてしまって、すみません」
俯き頬を赤く染めている望美の額に口付けを落とす。
「僕は…君のことは本当は抱きたい…肌を重ねて愛し合いたい…」
「…じゃあ、どうして…?」
「僕達が初めて身体を重ねた時のこと、覚えていますか?」
望美は言葉は発さずに頷く。
「君を責めているわけじゃないんです…でも…どうしても…」
あの時の君が僕に抱かれながら九郎を重ねていたことが頭から離れない。
もし、また身体を重ねた時…望美さんはまた僕に九郎を重ねるのではないか…。
『九郎さん』と呼ばれて、僕を受け入れた君。
「…君を抱くことが怖いんです…」
あの時……心は痛くてたまらなかった。
僕を見てほしくて…惨めで…あんな思いはもうしたくない…。
「…弁慶さん。私、弁慶さんが好きです」
「望美さん…」
「貴方が大好き…愛してます。今…私が一緒に歩んでいるのは貴方です、弁慶さん…」
そっと望美は腕を伸ばし、弁慶を包み込むように抱き締めた。
「私は…弁慶さんをちゃんと見ています…だから」
だから、私に触れることを怖がらないでください。
「…本当に、君には敵いません…」
「ふふ…なんていったって元源氏の神子ですから」
「そうでしたね…。ありがとう…望美さん」
弁慶も望美の背に腕を回して、お互い抱き締めあった。
「…では、さっそく今夜にでも…」
「え?」
「抱いてもいいんですよね?」
「っ…!!!」
そして、今宵二人は本当の夫婦となる…――。
END