長編

□笑顔の先に
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嫉妬










「ごほっ、ごほ!」

「大丈夫ですか、望美さん…」

「こほっ…これぐらい平気、です…そんなに心配しないで弁慶さん」


望美の体調が崩れたのは三日前のこと。

朝起きた時に喉の痛みを訴えて、夜には熱を出した。

もちろん弁慶は朝の時点でとっておきの薬湯を用意してくれたが、それを望美が拒んだ結果だった。

熱が出たことにより望美の拒否権は完全に奪われ、渋々薬湯を飲むこととなった。

薬湯が効いたのか、一時は熱も下がり安定していたが今日になって再び熱がぶり返した。


「義経……義経はどうしていますか?」


病人の望美の近くに、まだ抵抗力も少ない赤子を近づけるわけにはいかない。

その為ここ三日間、望美はろくに義経に接することができなかった。

育児も家事も全部、弁慶がしてくれた。

母乳は、近所の人に授乳してもらった。

望美は愛しい我が子の近くにいれないことが心配で堪えていた。


「今は、隣の部屋で眠っています」

「一目だけ…一目だけ見てもいいですか?」


望美はそう弁慶に懇願した。

しかし、弁慶はどこか困ったように眉を寄せた。


「…一目だけですよ」


弁慶の言葉に望美は嬉しそうに頷いた。




****




望美はそっと眠る義経を覗き込む。

すやすやと小さな寝息をたてて眠っている我が子を見て、望美は少し元気を取り戻す。

義経が生まれて、二ヶ月が経とうとしていた。

少しずつだけど大きくなっていく義経に、ちゃんと成長してくれている嬉しさが滲む。


「…ふふ」


嬉しそうに笑う望美に、弁慶は首を傾げた。


「どうかしたんですか?」

「幸せを噛み締めています、私…この子が本当に愛しく想うんです」


幸せそうな望美とは反対に、弁慶の顔が少し曇った。

聡い望美はすぐにそれに気付いた。

弁慶はどこか悲しそうで…今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「…弁慶さん?」


どうしたの?と、手を彼に伸ばすが、その手は弁慶によって捕らえられてしまった。


「僕も…義経を愛しく想っています…、けど、君を取られてしまいそうで不安です…」

「え…」

「僕が看病をしているのに…君は口を開けば、義経、義経、そればかり…」

「…もしかして、弁慶さん」


妬いてるの…?

自分の子に?


「ぷっ…」

「…望美さん」

「ご、ごめんなさい…でも、ふふっ…弁慶さん可愛い…」


一緒にいればいるほど、色んな弁慶の一面が見えてくる。

それが例え、長所でも短所でも彼の一部だと思うと愛しく感じる。


「はぁ…もういいです」


半ば諦めたように、弁慶は溜息を零した。


「弁慶さん」

「なんですか…どうせ僕は…」


義経に嫉妬するような心の狭い男ですよ…と続けようとしたが、その言葉は出なかった。



ちゅっ



「っ…!!?」

「えへへ…弁慶さんのこともちゃんと大好きですよ」


顔を真っ赤に染めた弁慶を、望美は微笑みながらぎゅっと抱き締めた。





結局、望美には敵わない弁慶さん。





END
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