長編

□笑顔の先に
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父親というもの










僕は父の面影をほとんど思い出せない。

幼くして比叡に預けられた僕は、若くして亡くなった父のことを良く知らない。

誇り高き熊野別当だった父は、真っ赤な髪が印象の勇ましい人だった。

その真っ赤な髪は兄や甥のヒノエにも受け継がれている。

僕の髪はというと、少しくすんだような金に近い色。

ずっと疎ましかったこの色だけど、今では少し気持ちが変わってきた。

彼女が…望美さんが、この髪を、色を好きだと言ってくれるから。


『綺麗な、太陽みたいな蜂蜜色ですね。私、弁慶さんの髪好きです』


でも、やっぱりこの髪にいい思い出なんてほとんどなくて、できれば子供には受け継いでほしくなかった。

望美さんの髪の色を受け継いでくれたら嬉しかったのだけど…。

生まれた子供、義経はみごとに僕と同じ髪の色だった。

愛らしく泣いて笑うだけのこの子が言葉を話すぐらい大きくなったらきっと自分のような思いをするのだろう。

そう思うと…罪悪感か胸が痛む。


「…君は僕の子供に生まれて後悔していませんか?」


すやすやと眠っている我が子に話しかける。

たとえ起きていたところで言葉の意味もまだ理解できないだろうが。


「…僕はね、君が僕の子供として生まれてきてくれたことにとても感謝しているんですよ」


伸びて目にかかりそうな前髪にそっと触れた。

起こさないように、気をつけながら。

ふわりとした髪質はまさしく弁慶と同じもの。


「…僕は…ちゃんと立派な父親になれる自信がない…」


父親というものを、家族というものをほとんど知らないで育った自分に自身が持てない。


「はぁ…」


大きく溜息をこぼしてしまいおもわず口を押さえたが、義経が起きる様子はなく安心する。



くす、くす…



襖の方から小さな笑い声が聞こえてきた。

振り返らずとも弁慶にはその声の主が誰かはわかっている。

愛しい妻であり、眠っている我が子の母親でもある少女。

いや、少女というよりももう一人前の女性に近いかもしれない。

若干幼さは残してはいるが、もう母親であるのだから。


「望美さん」


名を呼べば、望美は弁慶の隣にやってきて膝を落とした。

嬉しそうに笑みを浮かべる妻に、弁慶は困ったように笑った。


「参ったな…いつから見ていたんですか?」

「僕の子供に生まれて後悔していませんか?からです」


それでは初めからではありませんか、かっこ悪いな…と弁慶は情けなさそうに呟いた。

望美はそんな弁慶を包み込むように抱き締めてやった。


「大丈夫ですよ。弁慶さん、ちゃんと立派な父親です」

「…君は優しいですね」

「慰めで言っているんじゃないです、本当にそう思ってます」

「…ありがとう」


抱き締めてくれている温もりが心地良い。

この女性がいるから、自分は今こうして幸せを手にすることが出来た。

家族という温かい存在を…知れた。


「ねぇ、望美さん」

「はい」

「…僕の髪…好きですか?」


一瞬キョトンとした彼女だったが、次の瞬間には満面の笑みを見せて微笑んだ。


「大好きですよ!」





心がとても温かくなるのを感じた。





END
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