長編

□笑顔の先に
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ある晴れた日










穏やかな晴れたある午後。

五条の庵で、困ったように顔をしかめ溜息を零す男が一人。


「…はぁ…」


溜息を零し、視線を目の前にいる我が子に向ける。

幼子の我が子、義経はただひたすら大きな声を出して泣いている。

赤ん坊の声とは耳に良く響いてくる。


「…お願いですから、泣かないで下さい…」


全く泣き止む様子の無い義経にさすがの弁慶もどうすればいいのかわからない。

やっぱり母親がいないと落ち着かないのだろう、義経の涙は止まることを知らない。

今日は薬師の仕事は休診。

育児に忙しく赤子の夜泣きで眠れていない望美の為に、弁慶が今日は義経の面倒を見ることになった。

望美はというと、隣の部屋で眠っているはずだがこのままでは起きてしまうだろう。


「ええと…」


弁慶はとりあえず義経を抱き上げてみた。

背中を優しくトン、トン、と叩いてやると次第に泣き声が小さくなっていった。

温かさが心地いいのか、いつしか腕に抱いた義経から「すー…」と寝息が聞こえてきた。

ようやく泣き止んでくれたことで弁慶も一息ついた。

…しかし、褥の上に泣かせようと思ったが弁慶の着物の襟を掴んで離さなかった。


「…困りましたね、薬草を潰して薬を作らなくてはいけないのに…」


困ったと口には出してみるが、実際、顔は笑っていた。

なんて幸せなんだろうと。

この子を守るためならきっとなんでもできるだろう。

そしてもう一人、愛して止まない妻を守るためなら…。





「…弁慶さん」


ふと掛けられた声に振り返る。

寝起きで眠たそうに目を擦っている望美がいた。


「望美さん…?起きてしまったんですか、まだ休んでいていいですよ」

「大丈夫です。十分休みました」

「そんなことを言って…目の下の隈が取れていませんよ」

「でも…弁慶さんだって毎日働いて疲れているでしょう?」

「僕は君たちがいてくれるだけで本当に幸せですから」


目を伏せ、微笑む弁慶に望美もつられて微笑んだ。


「弁慶さん」

「はい」

「私も同じですよ、弁慶さんと…この子がいて本当に幸せです」


何度こんな会話を繰り返したかわからない。

けれど、こんな日々が永遠に続けばいいとお互いに思った。


「…残念です」

「え?」

「今、この手が空いていたら君を抱き締められたのに」


弁慶の腕には、気持ち良さそうに義経が眠っている。

スヤスヤと眠るその寝顔は、平和そのもの。


「……それじゃあ、私が代わりに弁慶さんと義経を抱き締めてあげます」

「ぇ…望美さ…」


言葉を理解する前に、腕が回ってきて抱き締められた。

望美の方から、こんな風に抱き締められるのは初めてだった。


「望美…さん…」

「…三人一緒にいればすっごく温かいですね」

「はい…」





三人でお昼寝しましょう。



そうすれば、幸せを共有をできて、もっと幸せが増えていく。






END
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