長編

□笑顔の先に
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母親として、妻として










前に弁慶さんが、自分が父親としてちゃんと子供を育てていけるのか悩んでいたことがあった。

あれから弁慶さんはというと、手探りで子育てしていた時よりずっと父親らしくなったと思う。

『もう、すっかりお父さんですね』と私が言うと君には適いませんよと笑った。

そんなことないよ。

私も…初めての子育てがすごく不安だった。

でも、子供は周りの感情にとても敏感で、私が落ち込んでいたり、悲しんでるとすぐに義経に伝わってしまうから、いつも笑顔を心がけるようにしたの。

そしたら本当に笑っている自分がいた。

元の世界で、便利なあの世界で育った私はこの世界での生活だって慣れるまで大変だった。

だから子育てなんて、本当に不安だった。

けど…弁慶さんがいてくれるから、一緒に悩んで一緒に歩いてくれるから…私は幸せなんだよ。

母親として、義経の幸せを願わない日はない。

私のお母さんもそうだったのかな…?

お父さんと出遭って、愛し合って、そして私が生まれて…。



「…望美さん?」



掛けられた声に振り返ると、腕に義経を抱いた弁慶がいた。

腕に抱かれた赤子は、幸せそうに眠っている。


「弁慶さん…」

「…どうしたんですか?」

「え?」

「…悲しそうな顔、してますよ…」


そっと義経を褥の上に寝かせて、弁慶は望美の頬を撫でた。

伝わる熱が心地いい、心を満たしてくれる。


「…元の世界のこと、お母さんやお父さんのこと考えていました」


望美の言葉が紡がれるのと同時、弁慶の顔が曇った。


「あっ!違うんです、元の世界に戻りたくなったとかそんなんじゃないんです!!」

「…本当に?君は一人で抱え込む所があります…」


それは弁慶さんもでしょう!と突っ込みたかった所だ。

でも、それよりもこの今にも泣き出しそうな愛しい人の不安を拭ってあげるほうが大切だ。


「私が弁慶さんや義経を愛しく想うみたいに、私も…お母さんやお父さんに愛されていたんだなぁって今になってわかって…」

「望美さん…」

「だから…もっと親孝行しておけば良かったなって…」


瞳に涙を滲ませる望美を、弁慶は包み込むように抱き締めた。

望美も応えるように弁慶の背に腕を回した。


「…もし…君が帰りたいと望むなら…僕は…」

「そうじゃないです、私には弁慶さんと義経がいるから…ここにいます、ここにいたいんです」

「…望美」


抱き締められていた腕が離され、お互いの顔の距離が縮まった。


「んっ…」


熱を持った唇と唇が触れ合い、何度も離れては再び重ねられた。

次第に深くなる口付けに、望美は空気を求めるが弁慶がそれを許してくれない。


「っ…ぁ…もうっ…弁慶さっ…んっ…」

「…我慢できなくなりました」

「え…?」


トン、と肩を押されたと思ったらすぐ後ろに敷かれた褥に押し倒された。

え?え?と困惑した顔をしている望美に弁慶は艶っぽい笑みを見せた。


「君を愛したい…いいですか?」

「え!?ちょ…待って、弁慶さっ…」


まだ日も高い昼時だ。

それに今、望美が押し倒されている褥には、すぐ横に義経が眠っている。

もし起きても赤ん坊だから見られても大丈夫…なんて笑い話にもならない。


「駄目っ!駄目です!」

「…どうしても?」

「どうしてもです!」


顔を真っ赤にする望美に弁慶は微笑んだ。

母親となっても、いつまで経っても初々しく可愛いな、と。


「そうですね…義経がいつ起きるかわかりませんからね…」


うん、うん、と勢いよく望美は頷いた。


「では…今宵、それなら構いませんよね」

「な、…なんでそうなるんですか!」

「義経は夜ならわりと良く寝付いてくれるでしょう?……僕は君を愛したくてしょうがないんですよ」


嬉しくて、愛しかった。

『私には弁慶さんと義経がいるから…ここにいます、ここにいたいんです』

どうしていつも、いつも、こんなに嬉しいことをいってくれるのだろう。

自分には、もったいないぐらいの人だ。

子供の母親としても良くやってくれているし、妻としても何も不満も無い。


「…弁慶さんって…」

「はい」


本当に照れもなくそういうこと言うんだから、と苦言の一つも言いたくなる。

でも、それは今相応しい言葉ではないだろう。

こういう時に言うべき言葉はきっとこうだ。



「弁慶さんのこと大好きだなって、あらためて思ったんですよ」



その言葉に顔を真っ赤にした弁慶に、勝ち誇ったように望美は微笑んだ。






END
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