長編

□笑顔の先に
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共に微笑む幸せ









天気は晴れ、外は蝉の鳴き声が響いてくる。

今日は朝早くから弁慶が仕事で出掛けている。

普段は診療所で働くのだが、腰を痛めて来れない老人がいると聞いた弁慶は直接足を運ぶことになった。

困っている人をほっておけない、弁慶さんらしいなと望美は思った。

以前なら望美も弁慶と共に付いて行っていたのだが、まだ幼い義経を遠出に連れて行くことは阻まれる。

二人で弁慶の帰りを五条の庵で待つこととなった。


「あー、うーっ」

「ふふ…本当に弁慶さんにそっくり」


まだ片言の喃語(なんご)しか話してはくれないが、寝返りやハイハイもするようになってきた。

しっかりと生え揃ってきた髪は、やはり弁慶のものを継いだようだ。

ふわふわとした髪質に、思わず触れたくなってしまう。

頭をそっと撫でてやると、とても嬉しそうににっこりと笑う。

親馬鹿と言われるかもしれないが、可愛くて、愛しくてしかたない。


「あーっ」

「よしよし、お父さんはもうすぐ帰ってくるはずだからね」


まだはっきりとした言葉は話さないが、『お父さんは?』と聞かれたようなそんな気がした。

これぐらい小さい子供は、まだ父親や母親という存在だってよくわかっていないだろう。

でも、望美は義経が何かを言う度に自分なりに解釈して話しかけた。

早く大きくなってほしい、そしてたくさんのことを話したい。

色んなことを教えてあげたい。

胸いっぱいの愛情を注いで、この子に生まれてきて良かったと思ってほしい。


「少しだけ外に出よっか」


望美は義経を抱き上げて、庭先に出た。

最近は体重もすっかりと重くなってきた、子供の成長には驚かされる。

その内、男の子なんだから自分よりも大きくなってお嫁さんをもらって離れていってしまうんだろうなと思うと少し寂しくなった。

はやく大きくなってほしいと思っているはずなのに、こういう感情もあるのも事実だ。

生き物は限りある命の中で精一杯の輝きを見つけて生きるのだ。

いつか望美や弁慶だって、天へ帰る日が来る。

でも、それは決して悲しい事ではない。

命は巡り続け、今度は義経が親となり、そしてまたその子供が親となり、ずっと続いていくのだ。


「…私が弁慶さんに出遭えたみたいに、きっと貴方も素敵な人に出遭えるよ」


そっと腕に抱いている義経に囁きかけた。

当の義経はキョトンとした顔で望美を見上げている。


「私は…すごく、すごく幸せです…」


空を見上げながら望美は呟いた。

それは、もう二度と会うことのないであろう両親へ。

子供を持ったことで望美は今までどれぐらいの愛情を両親から貰っていたか改めて実感した。


「…私…お父さんとお母さんの子供で良かった…ありがとう」


私を生んで、育てててくれて。

私を…愛してくれて。

ありがとう。



「…望美さん」

「えっ」


ふと背後からかかった声に振り返ろうとすると、腕に抱いている義経ごと包み込むように抱き締められた。

漂ってくる薬草の匂いが、それが誰なのかを教えてくれる。


「おかえりなさい、弁慶さん」

「ただいま…望美さん」


抱き締めてくれる温もりが心地いい。

自分の居場所が此処なんだと、そう感じる。

生まれたのも、育ったのも、此処とは違う異世界。

でも、自分の居場所は、いるべき場所はこの人の隣なんだと。


「弁慶さん…大好き」

「急にどうしたんですか?嬉しいですけど」

「言いたくなったんです」

「それなら、毎日言ってくれると僕はとても嬉しいですね」


ポッと望美は頬を染めた。

そんな望美を見て、弁慶は笑みを零した。

時々驚くぐらいに凛々しくて大人びているのに、こうして恥らう所は初々しい。


「君は一児の母親とは思えないぐらい、いつまでも可愛いですね」

「あっ、それって遠回りに子供っぽいって言ってません?」


ぷくっと頬を膨らませる様はとても可愛いものだった。

しかし、弁慶は望美を子供だなんて思って見たことはない。


「いいえ。望美さんはとても大人ですよ、そう…僕よりもずっと」

「弁慶さんより大人なわけないじゃないですか!私の方が年下だし…」

「僕が君と同じぐらいの歳の時は…とても褒められたもんじゃないですよ。それに比べたら君は立派です、家事や子育て…慣れない世界の生活にだって文句の一つも零さない」


――僕にはもったいないぐらいの女性だ。


「文句なんてありません。だって…ここが私の居場所だって、言ってくれたのは弁慶さんでしょ?私は弁慶さんの傍にいられれば…きっとどこだって幸せなんです」


そう、かつて二人がまだ想いを交し合う前に、この世界の自分の居場所を見失っていた望美に弁慶が言ったのだ。

『君の居場所ならここにあります』と…。

その言葉で、九郎を失って孤独と絶望の中にいた望美がどれだけ救われたことか言葉では言い表せない。

弁慶に引かれ始めたのも、その時だったかもしれない。


「弁慶さんは私を救ってくれました…。でも、救ってくれたから私は弁慶さんを好きになったんじゃない。弁慶さんだから、貴方だからこんなに好きになってしまったんです。胸が締めつけられるぐらい、好きで、大好きで…愛しています」

「…望美さん」


お互いの視線が交わるのと同時に、唇が重なった。

啄ばむような口付けが数回繰り返され、互いの額をこつんと合わせた。

微笑み合い、再び唇を重ねようとした。

その時…


「あー!あーっ!」


さっきまで望美の腕に大人しく抱かれていた義経が何かを訴えているように言葉を発した。

あと数センチという所で、口付けはお預けとなった。


「義経?どうしたの」

「うーっ、あー」


母乳はさっきあげたばかり、おしめも湿りは感じない。

首を傾げる望美を他所に、弁慶は何か思いあったような顔をした。


「望美さん、僕に抱かせてください」


弁慶は望美から義経をそおっと受け取ると、あやす様に少し揺らしてやった。

そして額に口付けを落とすと、嬉しそうに喜びだした。


「あ!笑いましたね、弁慶さんに抱かれたかったのかなぁ…」


お母さんじゃ駄目なの?と少ししゅんとした望美に弁慶は違いますよと首を振った。


「きっと、僕と望美さんが二人で仲良くばかりしていたから…寂しかったですよ」

「寂しかった?」


子供は周りの感情に敏感ですからね、と弁慶は付け加えた。


「そっか、ごめんね。ちゃんと貴方のことも大好きだからね…」


ちゅっ、と望美は義経の頬に口付けを落とした。

そして弁慶も、もう一度額に口付けを落としてやった。

すると、とても嬉しそうに微笑んだ義経がいた。






END









ラブラブっていいですよね。
弁望、大好きです。
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