長編

□この愛しさが僕のすべて
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別世界から白龍の神子として、この世界にやって来た一人の少女がいた。

春日望美。

まだあどけなさが残る少女、この少女が神たる龍神の神子だなんて僕は信じられなかった。

僕は…本当にどうしようもない男です。

平家との戦を早く終わらせるためなら利用できるものは利用してしまおうと思っていた。

その為なら…友をも裏切る覚悟さえあった。

白龍の神子であるこの少女も僕は利用しようと考えた。

でも…心が苦しくて、辛かった。

今まで多くの人を利用して、仕方ないと犠牲を払ってきた僕がどうして彼女だけ違うのか…。

それは認めてしまえば、自覚してしまえば簡単だった。


「僕は君が好きです」


そう、僕は君を愛しているからこんなに心が苦しかった。

君を傷つけてしまうことを躊躇った。


「どうか、僕とともにいてくれませんか」


この世に平和が戻り、白龍の神子である君は元の帰ってしまう。

嫌だった。

やっと素直に君が好きだと認めることができたのに、もう会うことが出来なくなるなんて嫌だった。

だから僕は君に乞うた。

少なからず、君も僕を思ってくれていると…そう思っていた。

けど…それは僕の自惚れだった。


「でも、私…元の世界に帰りたいんです……」

「……まいったな。全部、僕の思い込みだったとは…」


この時、本当は全く冷静ではなかったんです。

けど、僕はこう言葉に出すことで自分を保とうとした。

望美さん…君は常に僕の予想と期待を少し…外してしまう女性でした…。


「君が気に病むことはありません。全部、僕の咎なのだから…」


そうだ……僕のような咎人が…幸せになれるわけないのだ。

君のような清らかで優しい人が…僕なんかを愛してくれるわけない…。

世界を正した君にこれ以上求めるのは、僕の新たな罪だ。

…なのに…


「僕は考えてしまう。君を…僕の手元へと閉じ込める術がないかと…」


そういうと、君は少し怯えたように方を震わせた。


「早く…帰ってくれますか…僕が、本気で君を閉じ込めたいと―」


ぐっと握られた拳に力が篭った。


「新たな罪を重ねる決意を固める、その前に…――」

「……はい…ごめんなさい…弁慶さん」


僕はこの時の君の顔を見なかった。

見たくなかったせいもあったが、見れなかったが一番正しい。


「…お別れです。僕が、傷つけることをためらった…唯一の女性…」


早く帰ってくれといったのに…君はすぐに帰らなかった。

いや、それは君のせいじゃなくて他の仲間達が望美さんの送る前に宴を開こうと言い出したのが原因。

でも…僕には辛かった。

愛しい君がいつまでもこの瞳に映ることが耐えられなかった。

僕の気持ちを知っていて酷い人だと、君を責めてしまいそうだった。

宴は京邸で行われ、僕は少しの酒を口に含むと早々に宴の席を後にした。

これ以上、君と同じ空間にいて、愛しさを募らせて…惨めだ。




****




僕は与えられた寝所で一人横になっていた。

景時に一人部屋にしてもらうように頼んだことで、誰にも気兼ねなく考え込むことができた。

考えることは…今は何もないはずなのに僕の頭は休むことを知らない。

酒を少し口にしたことで、眠気が襲ってくれればと期待したがその気配もなかった。


「…本当に…嫌になりますね……自分の諦めの悪さに…」


振られたくせに諦められない。

彼女をどうにか自分の傍に留めておくことができないかと考えてしまう。


「…情けないな」


こんな男が源氏の軍師だなんて。

自分よりもずっと年下のたった一人の少女に翻弄されてしまうなんて。

無理やり眠りにつこうと目を閉じる。

どうしようもない行き場の無い感情を鎮めるために。



「……弁慶さん…」



ハッとなって褥から身体を起き上がらせた。

この声が誰のものかなんて簡単だ。

僕のことを「弁慶さん」と呼ぶ人はたった一人。


「…望美さん」

「あの…入って…いいですか?」

「ええ…どうぞ」


失礼します、と寝所へと入って来た彼女。

こういうところが、他の世界から来た人なんだと実感してしまう。

こんな時間に男の寝所へやって来るなんて…夜這いだと間違われても仕方ない。

もちろん君にそんなつもりは微塵も無いだろうけど。


「…どうしたんですか、僕に何か用ですか?」


無意識に少し声が冷たくなっていた。


「…あ、あの…宴の席にいなかったからどうしたのかと思って…」

「あまり騒がしいことは好きではないんです、酒を少しだけ頂きました」

「…そう…ですか」

「望美さん、用はそれだけですか」

「………」

「僕はもう休むので出て行ってもらえますか」


自分でも大人気ないと思った。

でも…これ以上君をこの瞳に焼き付けて何になる?


「…っ…弁慶さん!私っ…」


今更、僕に何を言おうというんだ。

君は…帰ってしまうというのに…。


「私…弁慶さんのこと、好きです!でも…でも…」

「……でも?」

「でも…向こうの世界を捨てることは…できませんっ…ごめんなさい!」


優しい君。

とても、とても、優しい君。

そんな君はきっと今までたくさんの愛情を受けて育ったのだろう。

両親、友人…他にもきっと君が大切な人がたくさんいるのだろう。

僕では…それらのすべてを捨てるほどの存在では値しないだけ…。


「…もういいんですよ、君が謝る必要なんてありません」

「…弁慶さん」

「でも…僕はきっと君が帰ってしまっても君が好きです」

「……」

「最後に…僕のお願い、聞いてくれませんか?」


僕は君の瞳を捕らえた。

視線を逸らすことは許さないと…そういうように。


「今宵だけでいい……僕に君をください」

「…べん…けい…さん…」


一度でいい…君の温かさを知りたい。

君の温もりを覚えていたい…。


「僕を哀れだと思うのなら…少しでも僕を好いてくれていたのなら…」


優しい君はきっと断れないとわかっていながら…僕はそう言ったんだ。

君は…困ったように頬を染め、俯いた。

駄目ですか?と問うと、君は首を振りもしなかったが頷きもしなかった。

僕は君を褥に押し倒し……そして……。

一夜限りの契りを交わした。






翌日、望美さんは元の世界に帰って行った。

僕の手の届かない世界へと…――。





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