長編

□この愛しさが僕のすべて
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まるであの世界での出来事がすべて夢のよう。

でも、夢なんかじゃない。

将臣君はもうこの世界にはいなくて、戦でついた古傷もしっかりと残っている。

私が譲君と二人で元の世界に帰って一月が経とうとしている。

元の世界に帰って来た時、こっちの世界の時間は流れていなかった。

あの日、異世界に飛ばされた時の時空へと帰って来た。

久しぶりに会ったお父さんやお母さん、学校の友達たち。

私は懐かしくて涙が溢れそうだったけど、みんなの時間は流れていないから涙を堪えた。

帰りたいと願った世界へと帰って来たのに、それなのに…私は…あの人のことを考えてしまう。

…弁慶さん…。

初めて心の底から愛した人。

…今でも愛している。

離れたくなんてなかった、けど、元の世界を…両親や友人や思い出のある世界を捨てられなかった。

所詮、その程度の愛だったと言われてしまえば返す言葉がない。

でも…私が大切なのは弁慶さんだけじゃないから選べなかった。

私がいなくなったら両親はどうするのだろう、きっと深く悲しませてしまう。

すべてを捨てて弁慶さんの下に留まることができなかった。

それなのに……私は気がつけば弁慶さんのことを考える。

遠い異世界の空の下にいるあの人を想う。

そんな私を心配して譲君は毎日私の元へとやって来る。

優しい言葉も、私には左右の耳を通り過ぎていく感じがした。

涙も枯れて、もう流れない。

心が凍ってしまったのかと思った。

そんな時、譲君に告白された。


「俺は先輩のことがずっと好きでした」


いつものように学校にも行かず、部屋に閉じ篭っていた望美を譲が訪ねた。

そして、虚ろな瞳の望美に長年の想いを伝えた。

今までただの幼なじみとして過ごしてきた時間はあまりにも長い。

でもその半分以上、ずっと小さい頃から想っていた。


「…譲君が…私を好き…?」


望美は驚き瞳を見開いた。

幼なじみなのだから、好意は感じていた。

しかし、それはあくまでも幼なじみとしてだと思っていた。


「先輩は俺のこと、どう思っていますか」

「どうって…譲君のことは好きだよ。でも…それは幼なじみとしてで…」


申し訳なさそうに俯く望美に譲は小さく苦笑した。


「ええ、わかってました、先輩が俺のことを幼なじみとしてしか見ていないことは」

「…ごめん、ね」

「いいんです、ちゃんとわかってましたから。」

「譲君…」

「…先輩は弁慶さんのこと……今でも好きなんですね」

「……っ!」


いきなり確信を突かれて、望美は隠すこともできずに顔を歪めた。


「先輩はあの世界から帰って来るときに言いましたよね。弁慶さんのことはもう忘れるんだと…」


そう、確かに譲は聞いた。

本当に弁慶のもとに残らなくていいのかと聞いたら、もう彼のことは忘れるんだと。

自分と一緒に元の世界に帰るんだと。

そして共にこの世界へは帰って来た。

でも、帰って来た望美はまるで生きるしかばねのように無気力になっていた。

感情を表に出すことも少なくなっていた。


「…らしくないですよ…先輩らしくない」


一緒に育った幼なじみの少女は、いつの間にか愛しい男を想う大人の女にと変わっていた。

長年、望美のことを想っていた譲としては、悔しく仕方ない。

でもそんなことより、いつも元気で笑顔が耐えなかった彼女が見るに耐え兼ねない。


「あの世界に……弁慶さんのもとに帰りたいんじゃないんですか?」

「…帰れない、帰れないよ。だって…私には…こっちの世界を捨てられない…」

「それなら…どうしてそんなに悲しい顔をするんですか」

「……」

「ご両親も心配しています。先輩がいつまでもそんな様子だから…」


突然、元気が無くなった娘を心配して、譲に話を聞いてやってほしいと電話をかけることもあった。


「先輩のいい所は良くも悪くも素直なところです、自分の気持ちに正直になってください」

「…私は…」


一瞬何かを言いかけて、再び口を閉ざした望美に譲は続けた。


「…先輩は、弁慶さんや九郎さんたちが歴史の上でどうなったか結末を知っていますか」

「え……結末…?」


望美は決して成績がそんなに悪いわけではないが歴史は苦手な分野だった。

現に、九郎と出会った時でさえ名を聞いてもピンとこなかったのだから。


「…あの世界は怨霊がいたり、俺達の世界とは少し違います、でも…同じ歴史が紡がれるなら…」

「何…?…何なの、譲君!」


譲の様子に望美は不安を覚え、早く教えてくれと詰め寄った。


「先輩、落ち着いて聞いてください…こっちの世界での歴史では…」



平家との戦で功労者となった九郎は頼朝からの許可なく官位を受けたことで頼朝の怒りを買う。

それに対し、自立を志向しようとしたことで頼朝に朝敵(天皇に仇なす者)とされてしまう。

難を逃れながら藤原秀衡を頼るが秀衡の死後、その息子の藤原泰衡に攻められ衣川館で自刃し果てた。

…そして弁慶も、九郎を守って堂の入り口に立って薙刀を振るって戦い、無数の矢を受けて果てた。



話し終わった譲がそっと望美の方に視線を向けた。

望美はそんなこと信じられないと、肩を震わせていた。

自分を抱き締めるように包み込み、込み上げてくる感情を持て余す。


「嘘…嘘だよ、そんな……」

「先輩…」

「弁慶さんや…九郎さんが…そんなっ…!」

「こちらの世界の歴史が、向こうの異世界の歴史と同じものになるとは限りません…」


でも…、と続ける譲の唇の動きを望美は見逃さなかった。

”でも、同じものにならないとも限らない”

そう言いたかったのだろう。


「っ…譲君っ…」

「…はい」

「帰りたいっ…!向こうの世界にっ…みんなの…弁慶さんのもとに…!!」


違う世界でも生きてさえいてくれれば耐えられた。

でも…また再びあの人を失うことは耐えられない。

今、この瞬間にあの人がどうしているのか心配で堪らない。


「そう言うと…思っていました。先輩、これ…」


スッと譲が手のひらを差し出した。

その上には白龍の逆鱗があった。


「どうして譲君がこれを…!?」


白龍の逆鱗は望美と譲がこの世界に戻ってきた時に返した。

それがどうして譲が持っているのか。


「…白龍に渡されたんですよ、いつか必要になるだろうって…その時に先輩に渡してくれって…」

「白龍が…」

「行きましょう、先輩。弁慶さんやみんなを助けるために…!」

「えっ…譲君…」

「当然、俺も行きますよ。俺だって八葉の仲間なんですから」

「ゆず…る…くん…」


ぶわっと瞳から涙が溢れ出た。

頬を伝い床に雫が滑り落ちた時、カァと白龍の逆鱗が光りだした。


「うんっ…!行こう、譲君!」

「…やっと先輩らしくなりましたね」


拳で涙を拭いながら、望美はこの世界に帰ってきて初めて心の底から微笑んだ。


「先輩、ご両親に…何か言わなくていいんですか」

「大丈夫、私はまたここに帰ってくるから」

「…やっぱり、弁慶さんのもとには残らないんですか」

「私はこの生まれ育った世界や、私を今まで支えてくれた周りのみんながすごく大切だから」


そう言った望美の瞳にはもう迷いは感じられなかった。

弁慶や他の仲間たちを助けて、すべてが終わったらこの世界に帰ってくる。

その道を選んだ。


「先輩がそう選んだなら…俺はもう何もいいません」

「ありがとう譲君…」



望美が白龍の逆鱗を天へとかざすと目を開けていられないほどの眩しい光が放った。


時空を超える。


大切な人をもう二度と失わないために。





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