長編

□抱き締めて、囁いて【番外編】
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望美のアメリカからの帰国は弁慶にとって待ちわびたものだった。

だが、さあ次は結婚だと、そう簡単に進めるわけにはいかない。

物事には順序とタイミングというものがあって、それを無視することはできない。

まずはお互いの両親への挨拶だろう、そして周知の人々に結婚することを報告する。

そして式を挙げて、籍を入れ、初めて夫婦となる。

お互いの両親への挨拶は、望美の場合は父親代わりの九郎だ。

九郎にはすでに二人が結婚することに関して、承諾は貰っている。

次に弁慶の両親への挨拶だ。

緊張してガチガチに固まっていた望美だったが。会ってみると二人とも気さくな優しい人だった。

望美の身の上を知ったうえで受け入れてくれた。

そうして着々と結婚へと向かっている…はずだったが…。













ささやかな願い













望美がアメリカから帰国して、半年が経とうとしていた。

しかし、現在も望美は九郎と共に暮らしていた。

てっきり帰国して早々に結婚すると思われていたが、そうはいかなかった。

望美にも弁慶にも、それぞれを取り巻く環境がある。

当初は籍だけでも入れてしまおうと望美が提案したら、弁慶がちゃんと式を挙げてからがいいと言うので後回しになってしまった。

初めは弁慶の心遣いが嬉しかった望美だが、すでに半年だ。

さすがに一体いつになったら結婚できるのかと、もやもやしてきた。

弁慶は現在、親の後を継ぎ若社長となったヒノエの秘書として働いている。

忙しいのはわかる。

けれど、携帯に電話をかけても…「もしもし、望美さん?すみません、今忙しいので後にしてもらえますか」とそればかりだ。

弁慶の仕事が終わるのはいつも夜遅くらしく、望美は疲れているのに電話したら悪いと思って、結局何も話せないで終わる日も珍しくない。

デートだったどれぐらいしていないだろう、いや、その前に彼と会ったのはいつのことだったかさえ思い出せない。


「…わかってる…わかってるんだよ…弁慶さんが悪いんじゃない…」


社会人なのだから仕事を優先しなくてはいけないのはわかる。

けど、寂しくないわけはなかった。


「はぁ…やっと、ずっと一緒にいられると思ったのに…いつになったら結婚できるんだろう」


望美の方はいつだってOKなのだ。

後は弁慶のタイミング。

ずっと、弁慶が「結婚しよう」と言ってくれるのを待っている。

婚約はしているが、籍も式の日取りだって未定だ。

自室のベットの上の枕に顔をうずめ、溜息を零した。

すると、携帯の着信音が聞こえてきた。


「っ…!!」


弁慶さん!?と期待を込めて起き上がり、ベットの横にある机の上の携帯を取る。

画面には『梶原朔』という名前が出ていた。

期待した分だけ、反動が返ってくる。

落ち込みながらも電話に出た。


「もしもし…」

『もしもし、望美?今、何してるかしら』

「えっと、今日は仕事が休みだから家でごろごろしてるよ」

『それなら丁度良かった。私も今日は休みなの、一緒に出掛けない?』

「あー…私、給料前であんまりお金ないんだ。良かったら、ウチに来ない?」

『望美の家に?お邪魔していいの?』

「もちろん!」




そんな感じで朔が家に遊びに来ることとなった。

朔とは高校以来の付き合いだが、今でも一番の親友だ。

高校時代、朔、ヒノエ、敦盛の四人でいつも一緒にいたことを思い出すと懐かしい。

今ではそれぞれが別々の道を歩んでいる。

朔は小学校の教師となり、来年度からは正式にクラス担任として働くらしい。

敦盛は弁護士を目指して、今でも日々勉強の真っ最中だ。

そして、ヒノエは今となっては大企業の社長だ。

望美はアメリカから帰国して、福祉の施設に就職した。

四人の中で一番質素と言われれば、そうだと思わなくはない。

けど、やりがいがある仕事で望美は十分満足している。

四人が一度に会うことは難しいが、それぞれ連絡は取っていて、あの頃の絆は消えていない。

きっと歳を重ねようと、消えることはないだろう。







* * * *








「そういえば、藤原先生とは最近どうなの?」


家にやって来た朔が、リビングのソファに腰を下ろして言った一言目がそれだった。

望美は苦笑しながら応えた。


「…弁慶さん?……もう一ヶ月近く会ってないの…」

「ええっ!どうして?」

「…弁慶さんはお仕事忙しいし…私も仕事があってなかなかお互いの休みが合わなくて…」


しょうがないよね、と望美は笑った。

その顔が無理してると気付かない朔ではない。


「望美…無理して笑わなくていいのよ」

「…朔には全部お見通しなんだね…」

「わかりやすいもの、望美は」

「弁慶さんや九郎さんにもよく言われる…」


複雑そうな顔をする望美に朔は優しく微笑んだ。


「素直ってことよ、望美のそういう所好きだわ」

「ありがとう…朔」


大人だな、と思った。

確かに同い年のはずなのだが、高校時代の時から朔はどこか他の人よりも大人びていると感じた。

年上の彼氏がいるせい?と思ったが、それは望美も同じだ。


「ねぇ、朔は結婚しないの?」

「そうねぇ…彼はしようと言ってくれているんだけど、私がもう少し働いてから結婚したくてね」

「結婚しても、働けるよ?」

「結婚するなら子供のことも考えないといけないでしょう?私はもう少し結婚は後でもいいかなって」


子供と聞いて、望美は何だか顔が熱くなるのを感じた。

そう、結婚したらいずれ子供ができるのは普通だろう。

望美は子供が好きだし、何より弁慶との子ならほしいと思う。

そして、尊い新しい家族が増えるのだから。


「望美は今すぐ、結婚したいの?」

「…今すぐ…結婚したいというか…、ただ一緒にいたいなって…」

「そう…なかなか会えないんじゃ寂しくはなるわよね…」

「うん…でも、弁慶さんの重荷にはなりたくないの」


一生懸命仕事を頑張っている弁慶さんのことが好きだから、重荷にはなりたくない。

仕事よりも私を優先してなんて思っていない。

ただ…ささやかな願いが許されるなら、もっと一緒にいたい。

それだけ。





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