長編
□destiny lover
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ああ、嫌だ。
こんなピリピリしてる空気は耐えられない。
将臣君はいつも通りに見えるけど、弁慶さんは笑っているけどどこか黒く見えるのは…気のせい…?
弁慶さんに将臣君を紹介してほしいと言われて、仕方なく将臣君に連絡を取ってみた。
どうか家にいないでほしい…という私の願いは虚しく叶わなく、将臣君に事情を説明したらあっさりと今から行くと言われてしまった。
そして弁慶さんに将臣君を紹介して、将臣君に弁慶さんを紹介して…。
それからなんだけど…この三人で一体何を話したらいいの!?
「望美」
望美の家の客室に望美と弁慶が隣同士に座り、将臣が正面に座っている。
しばらくの沈黙を破り、口を開いたのは将臣だった。
名を呼ばれ、望美は肩を揺らして反応した。
その様子に弁慶は密かに笑みを浮かべた。
「な、何…?」
「何?じゃないだろ。お前が俺をここに呼んだんだろう、何か話せよ」
「私だけど…私じゃないよ!…弁慶さんが将臣君と会いたいっていうから…」
ちらっと弁慶に視線をやると、「そうですね」と何でもないというように笑っていた。
コホンと一咳すると、弁慶は将臣に向き直った。
「えーと…将臣君…と、お呼びして構いませんか?」
「ああ、構わないぜ。俺は何て呼べばいい?」
「好きに呼んでください。ああ…ただ、様は止めて下さいね。僕はそんな偉い人間じゃないですから」
「じゃあ、弁慶でいいか」
「はい、それで構いません」
本来なら弁慶ほどの身分が高い貴族の者を呼び捨てで呼ぶなど有り得ないことなのだが、当の弁慶は気にした様子もない。
だからって、いくら弁慶が”様”を付けて呼ばれる事を嫌っていたとしても『さん』や『殿』など他の呼び方があるだろう。
仮にも年上のそんな相手にあっさりと呼び捨てをする幼なじみは大物なのかもしれない。
「望美さん、少し…将臣君と二人にさせてくれませんか?」
「え……え?え?」
弁慶の言ったことが一瞬理解できなくて、聞き返してしまった。
「ああ、俺からも頼む。望美はちょっと向こうに行っていてくれ」
「えっ!?なんで将臣君まで…」
「男同士で、色々話したい事があるんだよ。な、弁慶?」
「ええ」
わけも分からずに目を丸くする望美を他所に、二人は何かお互い納得したような顔をしていた。
そしてここは望美の家であるのにも関わらず、客室を追い出されてしまった。
唐突なことに、望美は扉の前で立ち尽くした。
「…何なの…一体…」
弁慶と将臣は初対面だ。
一体二人で何を話すと言うのだ。
気になって望美は扉に頬を押し付けて、耳を澄ませ会話を聞き取ろうとした。
しかし、痛々しい視線を感じた。
そう廊下にいた数人の使用人達からだ。
一体何をしているのだろう?と怪しい目で見られていることに気付き、望美は慌てて扉から離れた。
こんな所を両親や朔に見られていたとしたら、間違いなく「はしたない」と一言いわれただろう。
「…はぁ…部屋に戻ろう…」
気になるものの、仕方なく望美は自室へと戻って行った。
その後姿を客室からこっそりと将臣が覗いて、望美が自室へ向かったのを確認する。
さすが幼なじみだけあって望美の行動は理解している。
望美のことだからきっと扉に耳を澄まして盗み聞きしているのではと思った判断だった。
「望美は部屋に戻ったみたいだ。さあ、俺に話したいことってなんだ?」
「…それは君も、でしょう?」
「…まぁな、あんたから先に話したら?」
くすっと笑みを見せて、「そうですね、それでは…」と弁慶は口を開いた。
弁慶から紡がれる言葉は将臣の予想通りの言葉だった。
「いきなりですが将臣君、僕は望美さんが好きなんです」
会ってまだ一時間も経っていないのに、本当にいきなりだと将臣も苦笑した。
話したことがあると言われれば、間違いなく望美のことだと分かっていた。
その証拠に、初めに挨拶を交わしたときから冷たい視線をお互いに感じていたから。
「…それで?」
将臣は弁慶に先を促した。
「望美さんの幼なじみが男性だと…聞いた時から危惧していました。望美さんほどの女性の傍にずっといた男が、好意を寄せていないはずないのではないかと」
もっと遠回りに言ってくるかと思っていたら、随分率直に言ってくる。
これは自分も腹を割って話さないわけにはいかないな、と将臣は小さく溜息を零した。
「ああ…俺も、望美が好きだ」
いつからだったからなんて覚えていない。
気がついたら、ただの幼なじみだった少女が美しく成長していて、女として見るようになっていた。
でもこの関係が心地よくて、今まで壊そうとしなかったのも事実。
壊すことが怖かった、傍にいられなくなるのではないかという恐怖感があったから。
「僕は望美さんを妻としたいと思っています…ずっと彼女の傍にいたい」
「それは、望美が決めることだろう」
「ええ、無理強いなどする気はありません。でも…君に僕の邪魔をしてほしくない」
さっきまでとは違うとても冷たい視線を将臣は感じた。
「邪魔って何であんたにそんなこと指図されなくちゃならない」
「君はずっと望美さんの傍にいたのに何もしなかった。それなのに僕が現れたからといって望美さんに近づくのは止めてほしいです」
「…俺は」
「僕は君と同じように傍で見守るだけなんて耐えられない。……好きだから、抱き締めて、口付けて、愛したいと思うんです…」
スッと椅子から立ち上がると、弁慶は将臣に背を向けた。
そして牽制の意味を込めて、言葉を紡いだ。
「望美さんは僕がもらいます」
そう言うと、まるで言い去るように客室の扉に手をかける。
部屋を出て行こうとする弁慶の肩をぐいっと将臣が引き止めた。
その瞳にはどこか怒りが篭っているようだった。
「待て、好き放題言ってくれたな…」
「思ったことを率直に言っただけですよ」
「そうか、だったら俺も言わせてもらう」
大きく息を吸い込むと、将臣は真っ直ぐに弁慶を見据えて言った。
「弁慶。あんたに望美を譲る気はねぇ」
客室を取り巻く空気が一気に冷たくなったような気がした。
現在、客室には弁慶と将臣と数人の使用人がいる。
使用人達はさっきから繰り広げる弁慶と将臣の会話にハラハラした顔をしている。
「そうですか、ではお互い手加減は無しということで」
「ああ、どっちが望美の気持ちを向かせられるか…」
どちらの想いに望美が応えてくれるか…。
お互い本気の勝負。
愛しい人を手に入れるために。
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