長編
□destiny lover
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いつも一緒にいるのが当たり前すぎた。
俺と望美と譲、三人で一緒に過ごすのがあまりに当たり前の日常になり過ぎていたんだ。
それが形を変えたのはいつだっただろうか、譲が望美を意識し出した時だ。
幼なじみといっても、赤の他人で男と女。
譲が望美と距離を取りはじめて、自然と三人で過ごす時間が減っていった。
今では三人一緒なんてことは殆どなくて、望美がたまに俺の家に遊びに来るぐらいだ。
それでもいいと思っていた。
幼なじみのこの関係が心地よくて、壊したくなかった。
でも、いつまでもこのままなんていられるわけないんだ…子供のままではいられない。
俺も望美も貴族という立場で、もう大人として扱われる年頃だ。
いつまでも今までのように一緒にいることなんてできないんだ。
望美が社交界に行ったという話を聞いた時、別に何とも思わなかった。
恋愛やそういうことに疎いと望美の事だから、何もないとそう信じて疑わなかった。
でも、望美が何も思わなくても、相手が望美に惚れることらなあるだろう。
そんなことを考えていた時だ、望美が大貴族の男から求婚されたという話を聞いたのは。
望美には「良かったじゃねーか、貰ってくれる奴がいて」なんて言っちまったが、あの時は心に余裕なんてなかった。
弁慶、望美のことは俺があんたなんかよりもずっと知ってる。
少し強がりで、でも涙もろくて、他人の気持ちに敏感で、優しい奴だ。
他の男なんかに渡せねぇ。
俺があいつの傍にいて守ってやりたい、今までもそうだったようにこれからも。
交わる互いの視線がまるで見えない火花を散らしているように冷たかった。
弁慶と将臣。
どちらも相当な整った容姿で、例えば街中ですれ違う人々がつい目で追ってしまっても納得できる
揃っているのは容姿だけではなく、教養もかね揃えている。
そして貴族という身分と地位、この二人に恋焦がれた女性も少なくないだろう。
だが、そんな二人の心はたった一人のまだ少しあどけない少女に向けられている。
その少女、望美は貴族ではあるがそんなに地位が高いわけではないし、可愛らしい容姿をしているがまだあどけなく大人の美というものではない。
どちらかといえば、貴族っぽくなく変わり者としても見られがちだ。
しかし、身分や地位に関係なく誰に対しても隔てがない優しく純粋で、弁慶と将臣はそこに惹かれたのだ。
将臣の場合は幼なじみとしてずっと付き合いがあり望美のことはよく知っている。
弁慶の場合は社交界で出遭ってから望美のことを知っていったが、知れば知るほどに強く惹かれた。
望美という愛しい少女を知ってしまった以上、お互いに引けるわけない。
「弁慶、詳しくは知らないがあんたは相当な地位の高い貴族の跡取りらしいな」
「ええ、別に好きでそう生まれてきたわけではないですが…事実ですね」
もちろん誰も自分の出生など決めることも、変えることもできない。
生まれてしまったら、それを受け入れて生きるしかないのだ。
「あんたが望美を妻にしたら、望美も一気にその仲間入りだろ?」
「まぁ、そうなりますね…」
「はっきり言って、望美は貴族として生きることは向いていない」
――優しすぎるから…望美は。…この世界で生きていくには向いていない。
「…そうですね…それは僕もそう思っています。望美さんは優しい人ですから」
――道端で暮らす浮浪の者や、親を亡くした孤児院の子供、そういった人達にだって差別なんてしない。
裕福な暮らしをしている自分に疑問を持っている…そういう人だ。
「もし…あんたと望美が結婚したら、あいつはその暮らしに耐えられない」
「……」
そんなことはない、と返せれば良かったけれど、返せない。
正論だと、弁慶自身がそう思ったから。
「…あんたとじゃ、望美は生きられない」
どんなに高い身分や地位も、裕福な生活も、それに馴染めないなら苦痛なものに変わってしまう。
どれだけ人々が羨ましがろうと、そんな風に苦痛の中で生きることに幸せなんて見出せるわけない。
「あんたは望美の心を壊す気か…?」
「…そんなつもりは…」
「じゃあ!…どうするつもりなんだ…?」
まるで怒りの篭ったような将臣の視線に、弁慶は顔を背けて俯いた。
それは別に視線に耐え切れなくて逃げたわけではない、答えを探して考えを巡らせていたのだ。
もし望美と結婚したら…そのことは将臣に言われなくても頭にはあった。
自分との暮らしは望美には苦痛なものになるのではないかと。
答えはまだでていない、でも望美を諦めるのだけは嫌だった。
「…今はまだ…何も。でも、僕は望美さんが好きです。彼女の幸せを願っている…だから彼女を傷つけることはしません」
「それは望美のことを諦める覚悟もあるってことか?」
「諦めるつもりはありませんよ、でも彼女を傷つけることもしない」
つまり、何も考えもでていないのに望美を諦めるつもりもなく傷つけることもしない。
それは、必ずどうにかするということだ。
大した自信だと、将臣も苦笑した。
――そこまで言うなら…こっちだって考えがあるんだぜ。
「弁慶、そろそろ望美を呼び戻そうぜ。話はもういいだろ」
「そうですね、除け者にしてしまって怒っているかも知れません」
お詫びに機嫌を取らないといけませんね、と弁慶は笑った。
除け者にされた望美はさぞご立腹だろう。
わけも分からず客室から追い出されてしまったのだから。
「では、僕が呼んで…」
「いや、いいよ。俺が呼んでくる。あんたはここにいてくれ」
将臣の物言いに少しばかり違和感を感じつつ、弁慶は頷いた。
弁慶がこの家の中をうろつくより、ずっと顔が通っている将臣が行ったほうがいいだろうと。
「では、待っています」と、弁慶は客室に残った。
客室から出て、将臣は人知れず溜息を零した。
随分厄介な相手がライバルなものだと。
望美はともかく普通の女なら弁慶ほどの男に好かれて、求婚されて、断るものはいないだろう。
冷たい目をしている男だと思った。
しかし、その目も望美に向けられる瞳はとても優しいものなのだ。
好きだと、愛していると、溢れる気持ちが嫌というほどに伝わってくる。
「…でも…俺だって望美を想う気持ちは負けてねぇ」
将臣はグッと拳を握り締めた。
そして、望美がいるであろう自室へと足を向けた。
* * * *
「ん…あれ?」
弁慶と将臣に客室から少し無理やり追い出された望美は自室に戻っていた。
ベットに寝転んだところまで覚えているが、どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
どれぐらい眠っていたんだろうと壁に掛けられた時計に目をやると、そんなに時間は経っていないようだ。
ベットから身体を起こし、「うーん」と腕を伸ばし大きな欠伸をした。
一度客室に様子を見に行こうと思ったその時、部屋にノックの音が鳴った。
「はい」と望美が答えると、「俺だ」と一言返事が返ってきた。
名前を名乗らなくても誰かなんてわかっている。
その声と喋り方が幼なじみのものだと教えてくれる。
すると彼らしく、こちらが「どうぞ」と答える前に扉が開かれ部屋の中に入って来た。
「なんだ?望美、寝ていたのか」
どうした寝ていたことが分かったのかと尋ねると、髪が跳ねていると指摘されて慌てて直した。
「将臣君、弁慶さんとの話は終わったの?」
「ん、ああ。悪かったな、除け者みたいにして」
「もう、本当だよ!」
少し頬を膨らませて怒るその様はまるで幼い子供のようだ。
しかし、時折驚くような大人びた表情もする。
それも惹かれる要因の一つだろう。
「それで、弁慶さんは?」
「客室にいる」
「じゃあ、戻ろうか。一人にさせちゃ悪いもの」
「望美」
部屋から出ようとした望美に将臣が名を呼んでそれを止める。
何?と振り返ると、いつもとはそこか違う、思いつめたような表情をした将臣がいた。
一体どうしたのかと、将臣に近づきそっと頬に手を伸ばした。
「将臣君…?どうしたの…」
「…望美は、弁慶が好きなのか?」
「えっ!?」
驚いて少し頬を染める望美に、将臣は眉を寄せた。
その反応は、まるで…図星を当てられたようだったから。
「急になに!?将臣君!」
まだ頬に赤みを残したまま、望美は将臣から視線を外して少し俯いた。
「どうなんだよ、好きなのか?」
「す…好きって……弁慶さんは…いい人だとは思ってるけど…」
――私が好きなのは…将臣君。ずっと小さい頃から…。
「そういうのじゃ…ない、よ…」
はっきりと否定できなくなっている自分に望美は気付いていない。
以前ならはっきりと否定できたはずだ、自分が好きなのは別の人だと。
「じゃあ…俺のことはどう思ってる?」
「えっ」
「好きか、嫌いか」
「そんなの…幼なじみなんだから好きだよ…」
“幼なじみ”という言葉に将臣も思わず溜息が零れる。
今まで散々、幼なじみという間柄で望美の傍にいたのに、今はそれが邪魔だと感じた。
「俺はお前のこと…ただの幼なじみなんて思っていない。いや…いたくない」
「え…」
「弁慶のこと別に好きじゃないんだろ?じゃあ…」
将臣から紡がれた言葉に、望美は息を呑んだ。
「俺を選べよ。俺は…お前のことが好きだ」
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