長編
□destiny lover
12ページ/25ページ
「…遅いな…望美さんと将臣君…」
客室で望美と将臣を待っていた弁慶だったが、二人がいつまでも戻ってこないことに何か感じた。
将臣とはさっき望美のことお互い手加減なしで、と話したばかりだ。
弁慶に胸騒ぎが襲ってきた。
当たってほしくないが、こういう予感はよく当たるのだ。
座っていた椅子から立ち上がると、部屋の隅にいた使用人に望美の部屋に行くことを伝えた。
ご案内しますという言葉を、「大丈夫です、分かりますから」と答えてから礼を述べた。
望美の部屋の場所なら分かっている。
前に望美が熱を出した時に、弁慶は看病をする為に行ったことがあるから。
ただし、その時以外入ったことはない。
どうやら望美は両親に二人っきりにはならないようにと言われているみたいだ。
あの時は望美の両親が不在だったから、言わばこっそりと内緒で入れてもらえたのだ。
それは年頃の娘の親として当然の判断だろう。
もし望美と弁慶が恋人同士なら話は別だが、今の二人は“友人”ということになっているのだから。
「えーと…望美さんの部屋は二階の…」
ほとんど音も立てずに階段を上りながら、少し辺りを見渡す。
貴族の住む家だけあって、それなりの広さと高さがある家だ。
天井にはシャンデリアが吊られていて、弁慶の琥珀の髪をより光らせる。
でも、弁慶の住む家はこことは比べ物にならないぐらいに広い。
家というより、邸といった方が正しいだろう。
弁慶は古くからずっと高い地位のある貴族の跡取りという存在。
その弁慶が住む邸は、他の多くの貴族や、稀に近隣諸国の王族が訪れることもある。
そんな環境で育ったこともあり、弁慶はこの家ではまず迷うことない。
階段を上がり終わると、望美の部屋に続く長い廊下を渡った。
* * * *
頭が真っ白になるというのはきっとこんな感じ。
望美は今、自分の頭が自分のものじゃないみたいに働かなかった。
何を言われたのか分からない、瞬きすることすら忘れて固まってしまった。
そんな望美に将臣は苦笑しながら、再び同じ言葉を繰り返した。
「お前のことが好きだ…望美」
望美の顔が見る見る赤く染まっていく。
「えっ…まさ……え、えっ…す?」
「お前、何喋ってるんだよ」
「そ、…それはこっちの台詞だよっ!」
心臓がドクン、ドクン、と鼓動が打つのを望美は感じた。
それはそうだ。
ずっと想いを寄せていた幼なじみに告白されたのだから。
それに将臣は自分の事なんか何とも思っていないと思っていた。
好きだと言われても頭がついていかなくて、混乱している。
「お前は鈍すぎるんだよ。俺が言わなかったらきっと永遠に気付かなかっただろ」
ごもっともだ。
「……からかっているんじゃないんだよね…?…私のこと…本当に…?」
「冗談でこんなこといえねーよ……好きだ」
赤く染まった顔で視線を合わせることが恥ずかしく、望美は俯いた。
言葉が出てこない、喉に詰まっているようだった。
「望美?」
「っ…!」
俯いている望美を将臣が覗き込んできた。
近さにカァと熱が上がり思わず手で押し返してしまった。
それには、将臣は不満げに眉を寄せた。
「何で顔を逸らすんだよ」
「っ…だ…だって…違う…将臣君…いつもと違うんだもん…」
「はぁ…」
溜息の一つも零したくはなる。
望美が恋愛などに対して疎いことは十分承知だが。
将臣は望美とは違って、それなりに女性の経験もあった。
でも、いつも長く続かなかった。
それはどの女性と一緒にいても、いつの間にか望美を重ねてしまっているからだ。
そんなことはその女性達に失礼だ、だからろくに長続きしなかった。
「…俺はずっとお前が好きだった……幼なじみでもいいと…思っていた。けど、あいつが…弁慶が現れたから…」
幼なじみ以上の関係にしようとしなかったのは、今までの関係が崩れてしまうことが怖かったから。
『僕は望美さんを妻にしたいと思っています…ずっと彼女の傍にいたい』
直球で弁慶にそう言われて、今まで望美に想いを伝えなかったことを後悔した。
有名な大貴族の跡取り、容姿端麗、自分よりも年上で落ち着いた大人の男。
望美がそんな人の外振りで見る人間じゃないということは分かっているが、それでも嫌だと思った。
他の男に奪われるぐらいなら、気持ちを曝け出してしまった方がずっと良い。
「望美は…いずれ弁慶と結婚するつもりなのか?」
「ち、違っ…弁慶さんは…その…」
――…友達…だよ。
友人から始めてくれませんか?って弁慶さんが言い出して…私はそれに頷いた。
でも…それはいつか弁慶さんの想い応えようって思っていたんじゃなくて…どちらかというと押し切られた感じで…私が好きなのは将臣君で…。
黙り込んだ望美の肩を将臣は掴んで、こちらを向かせた。
それと同時に望美の肩がびくっと震えた。
「望美…、弁慶とは結婚する気はないんだな?」
「…私…………結婚は…」
弁慶さんは優しい人。
でも…好きとか…結婚とか…そんなこと…。
私は…分からない…、でも…弁慶さんと一緒にいると何だか…すごく…。
「俺と結婚してくれ」
えっ?と顔を上に向けると、とても真剣な瞳をした将臣と視線が合った。
その顔は、望美が今まで見てきたなかで一番真剣そうで、そして熱が篭っていた。
普段なら「将臣君、また冗談言って!」と言う所だが、それが冗談でないことぐらい分かった。
冗談でない、本気の彼の気持ちを軽く流すことなんてできない。
「将臣く…」
「考えてくれ…弁慶だけじゃなくて、俺もお前がいいんだ。…お前じゃないと駄目なんだ」
肩に置かれていた手が背に回り、ぎゅっと抱き締められた。
思わず抵抗しようとしたが男の将臣の力に勝てるはずはなく、さらに強く抱き締められた。
前に、弁慶に不意打ちで抱き締められたことがあったがそれとはまた違う。
明確な意思を、意味を持っての抱擁だ。
「俺と弁慶……選ぶのはお前だ…、でも…俺の気持ちは分かっていてくれ。幼なじみとしてじゃなくて、一人の女としてお前が…好きだ」
「将臣君…」
そっと抱き締められていた腕が解かれたと思ったら、額に口付けが降ってきた。
まるで親愛や愛しさが込められているような口付けだった。
頬を染める望美に、将臣は微笑んだ。
「…今日はもう帰るな」
「あ…将臣君…」
「ん、何だ?」
「その…私…。…私は…」
――将臣君が好き。
そう言おうとした、それなのに…。
『望美さん』
ふと頭に弁慶さんの顔が過ぎった。
…何で?…どうして?
言葉に詰まっていると将臣は苦笑しながら「変な奴」と呟いて、望美の頭をくしゃくしゃと撫でた。
またな、と言葉を残して望美の部屋を後にした。
残された望美は熱い頬を両手で包み込んで、座り込んだ。
まさか思ってもいなかった将臣からの告白に少し放心状態になってしまった。
…将臣君が…私のことを好きだなんて…そんな…。
まるで夢を見ているような感覚だった。
ずっと片思いだと思っていた相手が自分のことを好きだなんて、都合の良すぎではないだろうか。
私も好きだと、返事を返せなかったことが少し引っかかった。
どうしてすぐに返せなかったのか、どうして弁慶の顔が過ぎってしまったのか、今の混乱気味の望美が考えた所で答えはでないだろう。
「…将臣君…私…私も…」
私も好き、と気持ちを言葉に紡ごうとしたその時…
「…私も…何ですか?」
後ろから掛かった声に反射的に振り返れば、扉を開けて入ってきた弁慶が立っていた。
その顔にはいつもの笑顔は無かった。
ノックも無しに入ってすみませんと謝罪が述べられるが、まるで怒ったようなその顔ではまるで感情が伝わらなかった。
「…少しだけ…出来心のつもりでさっきの君と将臣君との会話聞かせてもらいました」
「…!」
将臣が部屋から出てくる前に、廊下の曲がり角に隠れたため将臣に鉢合わせになることはなかった。
別に鉢合わせをしても良かったが、いやみの一つは言いたくなったしまう。
抜け駆けだと…言ってしまいそうだった。
しかし、お互い手加減は無しだ。
行動が早い者の方が有利なのは当然だろう。
硬い表情の弁慶に、望美は恐る恐る尋ねた。
どこから聞いていたんですか…?と。
「…将臣君の"弁慶とは結婚する気はないんだな?”ぐらいです」
また、何とも良くない所から聞かれたもんだ。
結婚する気はないとは答えてないが、する気があるとも答えていない。
弁慶にとったらさぞ不服なことだろう。
「…僕のこと…少しは好きになってくれたかなと思っていましたが…自惚れでしたね」
切なそうに顔を歪める弁慶に、望美も胸がズキンと痛む音がした。
「弁慶さん……私…」
「…すみません。君の気持ちを一番大事にしたいのに…僕の気持ちばかり押し付けて…」
そんなことない、と望美は首を振った。
弁慶は確かに好きだと想いをよく伝えてくるけど、望美に強要するような言い方はしない。
毎日、望美の元に通ってきて一緒に過ごす時間だってとても穏やかなものである。
「私…弁慶さんのこと…大切ですよ…」
「…それは友人として、ですか?」
「え…と、上手くいえないけど…弁慶さんとは初めから…友達とは何か違う…でもただの知り合いとかでもなくて…」
上手く伝えることが出来ない望美に言葉を急かすことはしなく、紡がれる言葉を待つ。
「…何ていうか…弁慶さんと一緒にいると…すごく落ち着かない…あ、違う。えーと……暖かい気持ちになります」
将臣君と一緒にいる時は違う、不思議な気持ち。
こんな気持ちになる人は初めて。
父様や母様、朔や将臣君と一緒にいるとすごく落ち着くのに弁慶さんといると胸がざわざわする。
こんなのは初めてだった。
「…望美…さん…」
スッと弁慶の手が頬に伸びてきて、もう片方の手は腰に回された。
「え…弁慶さん?」
抱き締められたと思ったら、頬を撫でていた手が望美の顎を捉えた。
そして、唇に温かい感触が伝わってきた。
それが口付けだと、望美が理解したのは数秒後のこと。
-