長編

□destiny lover
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弁慶さんの顔が近づいてきたと思ったら、唇に何かが触れた。

私の唇に弁慶さんの唇が重なっているんだと分かるのに、数秒の時間がかかった。

唇を離されて、弁慶さんが愛しそうに私を見詰めてくる。

その顔に思わず、怒ることも忘れて見惚れてしまった。


「…望美さん…」

「べんけ…さん……んっ」


耳元で名前を囁かれたと思ったら、再び口付けられた。

さすがにそれには驚き、抱き締める弁慶の胸板を拳で叩いた。

しかし強い力で抱き締められているために、抵抗も虚しく弁慶の胸に押し付けられた。

頭に手を回されて、噛み付くような口付けを繰り返された。

息継ぎの仕方を忘れてしまったように、苦しさが滲んでくる。


「…っ…ふぁ……はぁ…」


ようやく唇を離してくれたと思い、荒い呼吸を繰り返す。

足りなかった酸素を補うように息を吸いこみ、肩を上下した。

抱き締められた腕は解かれることはなく、弁慶は荒い呼吸を繰り返す望美の髪を梳く様に頭を撫でた。


「…君があまりに嬉しいことを言うから…ですよ」


“弁慶さんと一緒にいると、温かい気持ちになります”なんて…そんなことを言うから。

僕と一緒にいると落ち着かないなんて言うから…あまりに可愛いその口を僕のもので塞いでしまいたくなった。

奪うようにしてしまった口付けはとても甘くて、もっとしたくなってしまった。

しかし、これ以上は望美さんを本気で怒らせてしまうだろう。

彼女の額に口付けを落とし、名残惜しみながら抱き締めていた腕を解いた。


「望美さん…?」


目を丸くして若干、放心状態といった所か。

再度弁慶が呼びかけると、やっと自分の置かれた状況を取り戻したようだ。

まるでグラデーションのように、見る見る赤く染まっていく頬。

口をパクパクさせながら真っ赤な顔で弁慶を睨みつけた。


「なっ…何するんですかっ!!」

「口付けですが」

「そういう意味じゃなくて!なんで…そんなことするんですか!?」


初めてだったのに…と望美は手のひらで唇を拭いながら、涙を滲ませた。

今まで男性と録に縁がなかった望美は、お付き合いをしたことすらない。

もちろん、情事は当然のごとく、口付けだってしたことはなかった。

いつか大好きな人とお互いの気持ちを確認しながら初めての口付けを交わすんだろうな、と淡い夢を描いていた。

それは、今、弁慶に見事に崩されてしまったが。


「君が好きだからですよ」

「違うっ…そうじゃなくて…!」

「好きだから、君が嬉しいことを言うから…つい、口付けしたくなってしまったんです」


『つい』で口付けなんて、された側にとったらたまったもんじゃない。

男の場合はどうか知らないが、女の子は初めての口付けには憧れを抱くもの。

望美も例外ではない。


「もうやだ…弁慶さんなんて…嫌いっ…」

「望美さ…」


弁慶が望美に手を伸ばそうとしたが、弾かれるように拒まれてしまった。

弾かれた手のひらが、ジンジンと痛んだ気がした。

望美は部屋の片隅にあるベットに跳びこんで、シルクの毛布に潜り込んだ。

弁慶が近づこうとすると「来ないで!!」と大声で叫ばれて、動けなくなってしまった。

しばらく望美が毛布から出てくるのを待っていた弁慶だったが、一向にその気配はなく諦めて帰ることにした。


「…望美さん…今日はもう帰りますね」

「……」


返事はない。


「…すみません…軽率なことをしました…」


弁慶自身も自分でも驚くぐらいの衝動的な行動だった。

普段、抑制している気持ちが一気に溢れ出して唇を奪ってしまった。


「望美さん…本当にすみません…許して…」


恐る恐るベットに近づくと、今度は望美から「来ないで!」という声はかからなかった。

そっとベットに腰掛けると、毛布に包まった望美を覗き込んだ。

顔を真っ赤に染めて、瞳は少し涙が滲んでいた。

その顔があまりに可愛くてもう一度口付けてしまいたくなったが、さすがに次は絶交されてしまうだろう。


「…悪気はなかったんです……でも…君の気持ちを無視してしまったことは本当に申し訳なく思っています…」

「……弁慶さんは……誰にでも、こういうことするんですか…?」

「違う、…君だけですよ……さっきは…ただあまりに君が愛しくて仕方なかった…」


この気持ちは本当だ。

抱き締めるのも、口付けも、それ以上のことだって望美じゃないと嫌だ。

他の女なんてほしくないのだ。


「…もう…こんなことしないでくださいね…?」

「はい…」


次に君に触れるのは、友人から恋人になってから。


「…反省してくださいよ!私、怒ってるんですから!」

「はい、反省してます…」


やっと毛布から出てきた望美はまだほんのりと頬を赤く染めて、膨らませていた。

怒った顔も可愛いなと思いながら、それは口に出さずに望美に軽く頭を下げる。


「…笑って、望美さん。君には笑顔が一番似合います」


怒らせたのは誰だ、と思いながらも望美は弁慶に弱い自分に気付く。

こうして眉を潜めて悲しそうに謝られると、どうしても本気で怒りきれない。


「弁慶さんってずるい…」

「…君だから…意地悪もしたくなるし、優しくしたいんですよ」

「馬鹿っ…」


優しく愛しむような瞳で見詰めて微笑む弁慶に、思わず望美も苦笑しながらも微笑み返した。


「やっと笑ってくれましたね…可愛いです」


――どうしてこんなにこの人といると、心が温かくなるのだろう。

口付けだって、初めてで、さっきまで怒っていたはずなのに許してしまった。

私は…将臣君が好きなのに…。

将臣君以外の人に口付けされたのに…どうして…嫌だと思わなかったんだろう。



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