長編

□destiny lover
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望美の言葉に、将臣君は特に驚いたり悲しんだり感情を表に出すことはなくただ静かに頷いた。


「…そっか…まぁ、そうだろうなとは前から薄々思ってたけどな…」


前から思っていたとは、つまり将臣は望美が弁慶のことだと気付いていたということか。

望美本人ですら自覚したばかりだった気持ちをわかっていたなんてさすが付き合いが長いだけのことはある。

相手のことをわかってあげられることは素晴らしいことだけど、将臣としては本当は気付きたくなかったし、わかりたくないことだった。

自分の大切な幼なじみで、恋い慕う人が他の男を想っているなんて…。

でも認めざる得ない、望美の瞳が淡い想いを物語っているから。

もっと自分が早く行動に出ていれば、弁慶に望美が心奪われることはなかったのか。

答えは否だ、将臣がもっと早く自分の想いを伝えていたとしても望美の気持ちは変わらない。

望美はずっと将臣のことを慕ってくれていたが、それはあくまでも幼なじみとしての情なのだから。

将臣に対する安心も、信頼感も、恋からではなくて兄妹のような情から来ているものなのだ。


「なぁ、聞いていいか。お前、弁慶のどこが好きなんだ?」


聞いていいかと言いながら、望美の返事を待たずに話し出すところがなんとも彼らしい。

将臣の質問に、望美は少し口ごもった。

どこが好きなんてよくわからないというのが正直な気持ちだ。

気付いたら惹かれていて、好きになっていたのだから。

優しい人だとは思う、けれどそれと相反するように意地悪な一面もある人だ。

色んな一面をすべてひっくるめて弁慶であり、そんな彼だからこそ惹かれたのだろう。


「どこがって言われると困るけど…一緒にいるとすごく胸がいっぱいになるの…」

「…ふーん」


本人は気付いていないだろうが、ほんのりと赤く色付いた頬に愛しげに弁慶のことを語る唇。

ベタ惚れじゃねーか!と呆れた突っ込みをしたくなったが、自分が惨めな気分になりそうなので止めた。

嫌な役割だ、幼なじみというものは。

本当なら奪ってやるというぐらいの気持ちで望美を自分のものにしたいのに、今まで築いてきた信頼を壊すことなんてできない。


「…じゃあ、お前は弁慶と結婚するのか?」

「えっ!そ、そんなのまだ先のことだよ!わからないよ…まだ恋人でもないし…」


そういえば、以前にも朔に似たようなことを聞かれた。

今の望美にはまだ結婚のことなどに頭は回っていない。

一応、今の弁慶との関係は友人で、その次に恋人があり、結婚まで結びつく。

恋人となってすぐに再び求婚を受けても望美は「はい」とは言わないであろう。

望美にとっては好きだから恋人になって、恋人だから結婚するというものではない。

もちろんそれも間違っていないけど、恋人となることも、結婚することも、それに至るまでが大事だと思っているのだ。

一緒に時間を過ごして、愛を深めて、そして初めて結ばれて、その後に夫婦となれればと思っている。


「…まだ…弁慶さんに私の気持ち伝えてないし…」

「は?お前、俺を振る前に弁慶に自分の気持ち伝えたほうがいいだろ。ずっと待たせてんだから」

「そんなことできないよ!将臣君に先にちゃんと言わなきゃ、弁慶さんの所になんて行けないよ…!」


弁慶のことは好きだけど、好きには種類がある。

将臣に対する気持ちは彼が望んでいたものではなかった、だから気持ちに応えることはできないけど…ぶつけてくれた気持ちを無下にしたくない。


「将臣君…。将臣君の気持ち…すごく嬉しかった…」

「いいって、別に…気にすんな」

「ごめんね…」

「ウジウジしたり、ズルズル引きずるのは好きじゃねーんだ、ほら、笑えよ」


しゅんと落ち込んでいる望美の頬をぎゅっと抓るように引っ張る。

望美の肌はまるでもち肌のような柔らかさ、頬をビローンと伸ばされて思わず望美に笑みが零れた。


「ちょ…痛いよ、将臣君」

「ん、止めてほしいか?それならもう俺のことで悩むな、いいな?」

「…うん…ありがとう…」


ぐしゃぐしゃと望美の頭を撫でて、「頑張れよ」と将臣は一言呟いて帰って行った。

その後姿が少し距離が離れてしまったように感じたが、きっと時間が経てば元に戻れる。

望美と将臣の二人が固い絆で結ばれていることには変わりないから。

お互いのことが大切なのは同じだから、きっとこれからも二人の関係は崩れはしない。

友情も、愛情も、どちらも尊い気持ちなのだから比べたり天秤にかけることはないのだ。

大切なものを一つになんて搾れないのだから、欲張ってでも全部大切にできれば一番良いではないか。


「…弁慶さん…早く会いたい…」


――会って、この募る気持ちを伝えたい。

今まで長い間、待たせてしまったのだからその分も込めて抱き締めてあげたい。

そして、“貴方が大好きです”と琥珀の瞳をしっかりと見詰めて伝えたい。

将来、弁慶さんと結婚しているかなんてわからないけど…今は同じ目線に立てることが嬉しい。

一緒に歩いてみて、時には立ち止まって、できればずっと先も一緒にいれたら…いいな。






* * * *






「ん?何だ、今から出掛けるの?」


部屋着ではなく、しっかりと出掛ける用意をしている弁慶にヒノエは問いかけた。

時間は夕刻、もうじきしたら日も落ちるだろう。

今日は望美から会えないと言われていて、ずっと邸で仕事をしていた弁慶だったがやっぱり我慢は無理のようだ。

最近、あの社交界ですれ違ってから会っていないのだ。

これはさすがに避けられているとしか思えない。

時間を置いて待っていれば…と思ったが、邸に篭って黙々と仕事をしていると無性に望美に会いたくなるのだ。


「ええ、ちょっと」

「ふーん…どこへ?」


ニヤニヤと口元を歪めながら聞いてくる甥にわかっていて聞いているなと弁慶は呆れたように溜息を零した。

全く性質が悪く育ってしまったものだ、小さい頃は自分のことを慕ってくれていて可愛かったのに…と弁慶は少し昔を思い出す。

兄とは歳が離れていて、甥のヒノエとの方が歳は近かった。

だから、ヒノエのことは弟のように可愛がってきたつもりだったのだが…いつの間に少しばかり生意気に成長してしまったようだ。


「ヒノエ、君はいつからそんなに野暮な男になったんですか」

「冗談だよ。あんたは本当に冗談が通じないな」

「……もう行きます」


これ以上話してもヒノエの思う壺だと、話を無理やり終了させてしまった。


「待てよ、別に興味を持つくらいいいだろ。あんたがそこまで本気の子なんて初めてなんだからさ」

「まるで僕が今まで女性を弄んできたみたいに言わないでくれますか…?」


まぁ、弁慶も普通の人なのだから反抗期というものもあった。

さすがにその頃は少しばかり荒れていた気はするが、周りに迷惑をかけるようなことはしていないつもりだ。

寧ろ、普段が聞きわけが良過ぎるといわれることも多々ある。


「もしさ、あんたが望美ちゃん…だっけ?上手くいったら、紹介ぐらいしなよ」

「恋人になれれば、ね……考えておきます」


もし恋人となれば、弁慶としてはいずれ結婚して妻となってもらうつもりなのだからヒノエと顔を合わすのみ時間の問題…。

いくらヒノエでも人の恋人に手を出したりしないと思うが、複雑だ。

好きな人には自分だけを見ていてほしい、身内といってもわざわざ他の男に晒したくないのだ。



――なんて…まだ恋人でさえないのに…まだまだ先の話ですね…。



もうこの時望美が自分の気持ちを気付き、固めていることをまだ弁慶は知らない。



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