長編

□destiny lover
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太陽も落ちかけている夕暮れ時、私は部屋の窓から空を眺めていた。

真っ赤な夕焼けがとても綺麗で、目を奪われた。

弁慶さんと初めて出遭った時に一緒に見上げた夜空もとても綺麗だったけど、夕日もすごく素敵。

一人でこの景色を見ているのが惜しくなる、誰か他の人と一緒に見れればよかったけど朔や母様達は忙しいみたい。


「…今…何しているのかな…」


本当は…弁慶さんと一緒に見れたらいいなと思った。

でも、今日は将臣君に話をするために弁慶さんには会えないと言っているからここには来ない。

またの機会に一緒に夕日を見ればいいんだろうけど、今日の夕日はいつもよりどこか幻想的に見えるのは気のせい?


「…そっか、私が変わったからだ」


自分の本当の気持ちに自覚して、心がすっきりと晴れたから。

迷いもなくなり、前を見据えて歩くことができるから。


「弁慶さん…会いたい」


明日になれば弁慶はいつものように望美に会うためにやって来る。

それまで待てばいい話なのだが、自覚して認めてしまった恋心が早く早くと急かしてくる。

何度もうわ言のように弁慶の名を口にしていると、まるで神様が願いを叶えてくれたのように弁慶がいた。

驚いて窓を乗り出しそうになったが、望美の部屋は三階だ、さすがにここから外に出ることはできない。

家の塀の外に立っている弁慶に望美は聞こえるように少し大きめな声で呼びかけた。


「弁慶さんっ、どうしたんです?どうして、ここに?」


今日は来る筈がない弁慶がここにいるのは、用事で近くまで来たのかと望美は思った。

突然の訪問に驚いて、自分に会いに来てくれたという考えは思いつかなかった。


「君に会いたくなってしまって…迷惑でしたか?」

「えっ…め、迷惑なんて!そんなことありません!!」


ぶんぶんと首を振る望美に、弁慶はくすっと微笑んだ。


――本当に…可愛い人ですね。


「望美さん、今から少し出掛けられませんか?」

「え…どこに?」

「場所はどこでもいいんですけど、二人っきりになれる所でゆっくりと話したい」


望美は少し考えた。

将臣のことは決着が付いて、今すぐにでも好きだという気持ちを伝えたい。

その気持ちを伝えるにしても自分の家の中では落ち着かない、両親だけではなく使用人だって何人のいるのだから。

「はい、喜んで」と応えたい所だが、望美が一人で出歩いていい時間はもう過ぎている。

じきに日が暮れて、辺りは漆黒の闇に包まれるだろう。

箱入り娘で、大事に大事に育てられてきた望美が今から出掛けるなら両親の許可が必要になるが了解をもらえるかは微妙なところ。

いくら弁慶と一緒だと言っても、いや、弁慶が一緒だからこそ二人で外出は許してもらえないかもしれない。

二人が恋人や婚約者であれば別だが、今はまだそこまでの関係ではない。


「…駄目、ですか…?」


少しトーンが下がった弁慶の声が聞こえる。


「…いえ、大丈夫です!ちょっとそこで待っていてください」


慌てて望美は衣装棚から外出用の服に着替える、思えばこれはデート?

いや恋人ではないのだからデートとは違うかもしれないが、気持ち的には同じだ。

好きな人と初めて二人で出掛けるのだから、嬉しくないはずがない。

望美は自分の部屋が家の裏手にあることを感謝した。

もし表側だったら門番か誰かに見つかって、弁慶との会話も聞かれていたことだろう。


「…そっと、裏口から出ればバレないよね…」


誰かに見つかってしまえば、ほぼ確実に出掛けることはできなくなるだろう。

自室の部屋の扉を少し開いて、顔だけ出して誰もいないことを確認する。


「今のうちに…」


そっと物音を立てないように部屋を出て、裏口へと向かう。

幸い裏口の入り口に着くまで誰とも会わずに来れた、このまま弁慶と出掛けてしまおうと思い裏口の扉を開いた。

しかし途端に飛び込んできた光景に望美は驚き声を出してしまいそうになる。


(さ…朔っ…!)


朔が裏庭でほうきを片手に掃除をしていたのだ。

後は家の柵を乗り越えてしまえば弁慶の所に行けるのだが、ここまで来て障害が立ち塞がった。

茂みに隠れて四つん這いになりながら、こそこそと見つからないように出掛けてしまおうとしたが、敢え無く朔に見つかってしまった。


「まぁ、望美!?こんな所で何しているの?」

(しーっ!大きな声出さないでっ)


望美の様子に何かを感じとって、朔も茂みに身体を隠してひそっと話し出した。


(あなた、どこか出掛けるの?)

(えっ、な、な、なんで…)


いきなり図星を突かれて心臓がどくっと脈打つ、声も不自然に震えてしまった。

平静を装わないと!と思うが、逆効果で変な汗まで出てきた。


(だって、少しお化粧しているし…出掛ける格好だもの)


そこまで見透かされていては、もう誤魔化すなんてことできないだろう。

朔に両親へばらされてしまったらそこで終わりだ。


(お願いっ朔!すぐそこに弁慶さんがいるの、行かせて!)

(まぁ、弁慶殿が?)


朔は少し考え込んで、微笑みながら苦笑した。

ここで止めてもおそらく望美は自分を振り切ってでも行ってしまうだろう。

他人の恋路なんて興味はないが、親友の望美は別だ。

悩んでいたら話を聞いてあげたいし、弁慶とのことだって応援している。


(いい?できるだけ早く帰ってらっしゃい、もし…奥様達にあなたがいないことがばれたら私から言っておくわ)

(ありがとう、朔!)


嬉しそうに駆けて行く望美を、朔は手を振りながら見送った。

その心境は微笑ましくて、そして複雑だ。

おそらく望美と弁慶は恋人となることだろう、恋人は別にいい、将来を縛る関係ではないのだから。

だが、結婚して夫婦となることが恋人とは違うのだ。

二人の間には色々と問題がある、身分や地位の違いで望美には相当な逆風がくることだろう。


「…どうか…二人の未来が明るいものでありますように…」


心地よく吹く風に乗せるように朔は呟いた。






* * * *







「弁慶さんっ」


やっと弁慶の元に来れた望美は嬉しそうに瞳を輝かせた。

それには弁慶も予想以上の反応に、つい口が緩んでしまうのを何とか抑えた。


「望美さん…無理言ってすみません」

「いいんです!…私も、会いたかったですから」


いつもと違って自分の嬉しいことを言ってくれる望美に、弁慶は明日は雨だな…と密かに思った。

随分な自分の都合のいいような展開で、これは夢ではないかと思って頬を抓ってみるが確かに痛い、これは現実だ。


「えっと…望美さん、どうやってこっち側に来るんですか?」

「あ、これぐらいよじ登りますから」


望美の言葉に弁慶はぎょっと目を見開いた。

今、二人の間には家の高い柵が阻んでいる、これを抜けないことには出掛けるなんてことできない。

しかし、この柵を通り過ぎて外に出るには正面の門から出るしか方法がないのだ。


「よ、よじ登るって…駄目です!危ないです!」

「平気ですよ。私、体力はないけど、運動神経はいいんです」

「ああ、もう。そういう問題ではなくて…」


君が怪我をするのが嫌なんです、という弁慶の言葉を聞いていないのか望美は足を掛けて柵を登り始めた。

弁慶は止めようとしたが望美がいるのは反対側だし、下手に望美に触れては落ちてしまうのではないかと、ただ固まっているしかなかった。

こんな風に心配で仕方なくて、ハラハラして気持ちにさせるのは望美だけだ。


「よっ…と」


柵の一番上まで登りきり、弁慶がいる側でと片足を掛けると白いスカートの中が風に煽られて弁慶の視界に飛び込んできた。

男心としてはそのことを黙って見ていたい気持ちはありつつも、弁慶は視線を逸らした。


――こんな女性…普通の貴族の中にはいませんね…。


行儀がなっていないとか、はしたないとかは思わない。

むしろ望美らしくていいと弁慶は思う。


「望美さん、そこからなら飛び降りてください」

「えっ」

「僕が受け止めてあげますから」


にこにこ笑いながら腕を広げている弁慶に、望美は頬を染めながら首をふった。


「い、いいです!大丈夫ですからっ」

「遠慮しないで、…ね?……おいで」


どこか有無を言わせぬ言い方に、望美は恐る恐る頷いた。

思い切って飛び降りると、柵の下にいた弁慶がしっかりと受け止めてくれた。

少し久しぶりに会えたことでお互いに嬉しさが滲んでしまい、そのままの体勢でしばらく抱き締め合っていた。


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