長編

□destiny lover
19ページ/25ページ



弁慶さんに抱き締められていると、身体が暖かくなった。

離さないで、ずっとそうしていてほしいって思った。

でも…そんな恥ずかしいこと言えるわけないし、ここは私の家の裏手だ。

こんな所でいつまでも居たら誰かに見つかって家を抜け出したことがばれてしまいそうだ、慌てて心地良い抱き締めてくれている腕の中から離れた。


「弁慶さんっ。私、実はこっそり家を抜け出したんです。だから、早くここから離れましょう?」

「えっ、いいのですか…?そんな…」

「いいんです。母様達に話したら、絶対こんな時間に外出させてくれません」


この場を離れようといっても、朔にはできるだけ早く戻るようにと言われているし、そんなに遠くには行けない。

どこか喫茶店に…と思ったが、望美はこれから弁慶に自分の気持ちを伝えようと思っているのだ。

そんな店の中なんて、人目がある所は避けたい。


「あっそうだ、この近くに公園があるんです。そこに行きませんか?」


公園といっても小さい子供が遊ぶような小さな公園ではなくて、草木が生え茂った広い緑地公園だ。

この時間だからあまり人も居ないだろうと、望美は弁慶をそこへ案内することにした。

望美が家を抜け出したと知って少し複雑そうな顔をしていた弁慶だったが、自然に手を引かれると嬉しくて握り返してしまった。

特に意識もしていなく、「公園はこっちですよ」と弁慶の手を引いたつもりが、恋人のように握り締められてしまって望美は頬を赤めた。


「べ、べんけいさ、ん…」

「はい?どうかしましたか」

「どうかしましたか…じゃなくて……その…手…」


しっかりと、一本一本のお互いの指が絡まらせるように握られていて、いくらこういうことには疎い望美でも知っている。

この繋ぎ方は“恋人繋ぎ”というのだ。

もちろん好きな人である弁慶にされて嫌なわけではないが、今はまだ友人という枠組みにいる二人だ。


「僕と手を繋ぐのは嫌、ですか?」

「っ…そんなことないです!」


誤解されるのは嫌だと、望美は大きな声ですぐに否定した。

嫌なんてとんでもない、恥ずかしさはあるが嬉しさがほとんどだ。


「…そうですか。では、このままでいいですよね」

「はい…」


こんな風に否定してはまるで自分も手を繋ぎたかったと言っているようなものだ、望美は後から自分の言葉に恥ずかしさが募っていくのを感じた。

そんな望美を余所目に弁慶は嬉しそうに顔を綻ばせていた。

今日の望美さんは何だかいつもと違うなぁ…と、そんなことを頭で思いながら。

違うのは当たり前だ。

前に弁慶が望美と会った時は、望美は自分の気持ちを自覚する前だったのだから。

おそらく社交界であった一件が望美の気持ちを表に浮き立たせることに繋がったのだろう。

今の望美は自分の気持ちを素直に認めて受け入れて、弁慶を拒む理由なんて何もないのだ。





しばらく、まるで寄り添うように歩いていると中心に噴水がある大きな緑地公園に着いた。

日が沈みかけているせいだろう、人は殆どいなくて空かれているベンチは空席ばかりだ。

望美は広い公園の中の少し人気(ひとけ)がない所まで行き、そこにあったベンチに弁慶と腰掛けた。

ここなら誰もいない、人目を気にすることなく自分の気持ちを伝えることができる。

とくん、とくん、と高鳴る胸に手を当てて心を落ち着ける。


「望美さん…?どうかしたんですか、さっきから黙っていますけど…」


ここまで弁慶と来たのはいいが、望美は全く男性とお付き合いということをしたことがない。

告白なんて初めてで…たった二語の「好き」という言葉を紡ぐことがとても困難に思えた。

言いたいのに、言葉が喉に詰まって出てこない。

どうしよう、どうしようと考えているうちに自分の世界に入ってしまっていたようだ。


「えっ!あ…ご、ごめんなさい」

「僕と居る時は僕のことだけを考えて…他のことは考えないでください…」

「は、い…」


俯いて頬を染めている望美に、弁慶は「おや?」と首を傾げた。

少しからかうつもりで言った言葉が素直に頷かれてしまった。

いつもの望美なら「もう!また弁慶さんはそんなこと言って!」と可愛く頬を膨らませるのだが。

だが、今日の望美はあまりにも自分の都合の良い様に捉えてしまいかねない。

これでもし自分の思い違いや、自惚れだったら、相当なショックを受けてしまいそうだ。

望美も自分のことを好いてくれているのではないかなんて……そればかりは自信が持てない。


「…ねえ、望美さん」

「はい」

「この間の社交界…どうして僕が来る前に帰ってしまったのかな…」


どきっと望美の肩が軽く揺れた。

どうして帰ったかと言われると気分が優れなくなったからだ。

だが気分が悪くなった原因は、他の貴族の女性達に囲まれるように嫌味を言われたため。

自分と弁慶は釣り合わない、ただの遊びとざんざんに貶されてその場に居たくなかった。

他の貴族の人々の視線も、弁慶の求婚者として知れ渡っている望美に向けられてそれも耐え切れなかった。


「将臣君からは気分が優れなくて帰ったと聞きました」

「…そうです、ちょっと疲れてて…」

「でも…僕の知り合いの方が教えてくれました。君はとても元気そうだったのに、少し庭に出ていて戻ってくると顔を青ざめていたと…」

「っ…」


それは、初めて弁慶と出遭った時の夜空を眺めようとして庭に出たら女性達に会ってしまったから。

あの時は、本当に気分が悪くて、弁慶とも顔を合わせずらくてしかたなく帰ってしまった。

地位や身分の違いなんて初めからわかっていたはずなのに、改めて突きつけられて心が痛んだ。


「何かあったんですか…?」

「…」


これを弁慶に言っては、まるで告げ口ではないか。


「望美さん」

「言いません、言いたくないんです」


頑なに口を閉ざす望美に、弁慶は困ったなと眉を寄せて大きな溜息を零した。

この少女が決めたことは頑なに通す人間だと知っている、だからどうしたものかと困ったのだ。

弁慶には恐らくだが予想があった、望美は自分とのことで誰かに何かを言われて嫌な思いをしたのではないかと。

大貴族の跡取りである弁慶には、何とか取り入ろうと近づいたりしてくる者は多い。

そういう者達が望美に当たったのだとすると、守ってやれなかった自分が憎い。



「望美さん……言わないと、その唇を奪ってしまいますよ?」



これは少し冗談で、少し本気だ。




-
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ