長編
□destiny lover
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僕から口付けを送ると、恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった望美さんだったけど、そんな些細な仕草でさえいとおしい。
額に口付けを落とし、耳元でそっと「顔を上げて」と囁いた。
しばらくして、ゆっくりと顔を上げた彼女は潤んだ瞳で頬を染め、僕を上目遣いで見上げてきた。
あまりの可愛さに理性がぷつんと切れるような音がして、気が付けば夢中で彼女の唇を何度も奪っていた。
息の仕方を忘れたように、荒い呼吸を繰り返す彼女を腕の中に抱き締めた。
おずおずと僕の背に彼女の手が回り、ぴったりと身体を寄せ合った。
「…望美さん」
愛しいその名を呼べば、愛しい人は逆に僕の名を呼んできた。
『弁慶さん』と、言葉を発する唇は桜のような桃色で鮮やかである。
あまりのいとおしさに、我も忘れて組み敷いて抱いてしまいそうだ。
「望美さん…」
「…はい」
「僕も…君が好きです、ずっとずっと待ってました。…ありがとう、僕を選んでくれて…」
抱き締めるために腰に回していた手を片方、肩に置いて、もう片方の手は彼女の顎を捉えた。
恥ずかしがって俯いてしまいそうな顔を上げさせて、目を閉じるように促した。
口付けの時に目を閉じるのはマナーのようなもの。
いや、別に目を開けたままでも構わないと思うがそれは初心な望美さんには少々刺激が強いかもしれない。
今はまだ性急に物事を進めたりはしないが、もう少し恋人としての時間が経てば容赦はしない。
すでに出会ってから半年近くが経とうとしている、その間ずっとずっと彼女が僕を好きになってくれるように努力してきて、やっと想いが実ったのだ。
男としてはこれ以上の我慢は耐え難い、本当なら今宵にでも夜を共に過ごしたいぐらいだ。
でも、それはさすがに性急過ぎるだろう、だから少しの猶予時間をあげよう。
しかし、あまり待たせないでほしいのが本音だ。
…望美さんをこの腕に抱く夢を見てしまうぐらいに僕は彼女に焦がれてしまっている。
「…ん…」
そっと触れるだけの優しい口付けを何度も繰り返して、お互いの気持ちを確認し合う。
嫌がる様子を一切見えない望美さんに、つい意地悪してくなったがそれは今は止めておこう。
今はただ、この幸せが現実のものだということを噛み締めた。
こう見えて僕は、余裕があるようで不安だった。
僕よりも幼なじみの将臣君の方が望美さんと釣り合っていると思っていたし、彼女だって将臣君には絶大の信頼を寄せていたから。
でも、幼なじみとか、出遭ったのがどちらの方が早いとか、そんなのは想いの大きさに関係ない。
僕はまだ望美さんと出遭って半年ほどだけど、彼女を想う気持ちは誰にだって負けない。
「…望美さん…日も暮れましたし、そろそろ戻った方がいいでしょう?送りますよ…」
「はい…」
自然とお互いの手が重なって、身体を寄せ合って帰路に着く。
帰り道、とくに会話をすることはなかったが別によかった。
ただこうして二人でいられて、想いが結ばれたのだからそれだけで十分だ。
こんな時間が永遠に続いてほしいと願ったが、気が付けば望美の家の裏手へと付いてしまった。
弁慶が繋がっている手を離そうとしたが、望美は握り締めて離さない。
「望美さん?」
どうしたのか弁慶は首を傾げた。
もう外は明かりが無ければ漆黒の闇に包まれている、望美はこっそりと家を抜けだしたと言っていたし、見つからないうちに家に戻るのが好ましいだろう。
もちろん、ばれていたら一緒になって怒られても構わないが、ばれないのにこしたことはない。
「望美さん、いい加減に戻らないと…家の方々に抜け出したことがばれて大変ですよ」
「嫌、戻りたくない」
「…望美さん」
「嫌、いやっ」
まるで駄々っ子のように嫌だと首を振り、僕の手を離そうとしない。
それはそれでとても可愛いと思うけど、僕としては後日きちんと望美さんのご両親には恋人となったことを報告に行って…それから彼女とは関係を深めたい。
まぁ、ありえないが、もし望美さんが僕に「抱いてください」なんて言っても今は抱かない。
物事には順序というものがあるのだ、僕の誠意はご両親への挨拶に行くことが初めだ。
「…僕と離れたくないと思ってくれるのは嬉しいです。僕も同じですから…。でもね、君を連れまわして朝帰りなんてさせてしまったら、僕の印象は最悪でしょう?僕達はこれからいくらでも一緒にいれます…明日も会いに来ますから…」
「…本当?」
「ええ、もちろん。…君が好きだから…会いに行きます。…待ってて」
「はい……んっ」
今日何度目になるかわからない口付け。
離れるのは名残惜しいが、理性を振り絞って弁慶は唇を離した。
暗くてよかった、明るければ火照る望美の顔がまざまざと見せつけられて理性を保てなかったかもしれない。
「…それでは…また明日」
「はい…待っててください」
もう一度、最後に口付けを交わしてそれぞれの帰路にたった。
望美は熱い頬を押さえ込むように、家に戻った。
戻ると朔が待ち構えていて、「お帰りなさい。奥様達にはばれていないわ」と教えられホッと溜息を零した。
しかし、その後に朔に弁慶とはどうなったのか質問詰めにあったことはいうまでもない。
* * * *
「お帰り、色男」
邸に帰宅して早々に自分の部屋に入った弁慶が、扉を開けたらそこにはヒノエが居座っていた。
勝手に部屋にはいるなと注意したのはもう数え切れなくなるぐらいで、もはや注意する気すら起こらなくなってきた。
一応、甥に分かるようにわざと大きな溜息を吐いておいた。
しかし、そんな弁慶の様子を気にする事もなくヒノエは書物を読み込んでいた。
弁慶の部屋は家具は少ないが、大きな本棚と大量の書物がある。
それを読みにヒノエがよく足を運ぶのだ。
書物を読むのは構わないが、自分の部屋で読んでくれと思う。
「…ただいま、僕の可愛い甥っ子」
「よせ、気持ち悪い。随分、上機嫌みたいだな…望美ちゃんと何かあったのか?」
「会ったこともないのに、馴れ馴れしく僕の恋人の名を呼ばないでもらえますか」
「へぇ…恋人になれたんだ。じゃあ、もうすぐ俺の身内になるわけか」
全く人の話を聞いていないヒノエにこれ以上言っても無駄だろう。
諦めて、弁慶はベットに腰を下ろすとシャツのボタンを上から二個だけ開けた。
首の締め付けが無くなり、身体の力も抜けて楽になる。
崩れるように背からベットに身体を預けると、しっかりと伸ばされて張られていたシーツに皺ができる。
「……ヒノエ、君もいい加減に身を落ち着けたらどうですか?」
「二十五になっても一人身でいたあんたには言われたくないね」
弁慶は二十五歳、ヒノエは十七歳歳。
貴族では、早い者では十五、六歳で結婚している者だって珍しくない。
むしろ二十代半ばまで一人身でいた弁慶はさぞ周りから変わった目で見られていたことだろう。
「僕はもう結婚相手は決まっていますから」
「ふぅん?恋人になってから、結婚までもっていくことの方が大変だと思うけど」
「大丈夫ですよ。僕達はお互い好き合っていますから」
――そう、望美さんは僕のことを好きだと言ってくれた。
一体、何を心配することがあろうか。
「惚気てくれるじゃん。あ、俺と会わせてくれるっていう話は?」
「…また、その内にこの邸に連れて来ますよ」
それはヒノエに望美を会わす為ではなくて、せっかく恋人になれたのだから自分の家に招きたいという意味だが。
ヒノエだけでなくて、他の男に望美を晒したくなどないが、そんなわけにはいかない。
誰にも見えないように、触れれないように閉じ込めてこくことなんてできないのだから。
――望美さん…早く、僕のものになってください。
心だけではなくて身も…すべて…―。
離してなんてやりませんよ、君は僕の心をこんなにも奪ってしまったのだから…絶対、離しません。
END
ここまでを第一部とします。
次は第二部に続きます。
一部とは違って、少し艶っぽい(笑)話にする予定です。