長編

□destiny lover
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「……っ…こ、ここが弁慶さんのお邸…?」

「はい。僕だけじゃなくて、両親や、他の親戚達も住んでいますが」


長い長い塀を歩いてようやく見えた邸の全貌、望美が暮らす家とは比べるまでもない様な豪邸だ。

まず門前にはまるで関所のようなものがあり、厳重な警備をしている人達が辺りにたくさん居る。

弁慶の姿を認めると、「お帰りなさいませ、弁慶様」と声をかけてくる。

それに戸惑う様子もなく、弁慶は「いつも警備ご苦労様です」と労わりの言葉をかける。

弁慶にとったらこれが当たり前の日常なのかもしれない、しかし望美にとったら彼との隔たりを嫌でも感じてしまう。


「…弁慶さん」

「はい?」

「…ううん…なんでもないです」


――今は…まだ…このままでいたい、ただ弁慶さんの隣にいたい。

わかってるけど…弁慶さんが私とはずっと違う世界の人だってことは…ちゃんとわかってる。

でも…今はただこうやって寄り添っていられることが幸せだから…。


「…弁慶さん…好きです」

「僕もですよ…惜しいな、ここが人目が無かったなら…」

「そんなこと言って…さっき公園では人目なんて気にしてなかったくせに…」

「ふふ、じゃあここで口付けてあげましょうか?」


結構です!と望美は焦りながらぶんぶんと首を振った。

ここは弁慶の住む邸の敷地の中だ、もし誰かに…彼の親族の者にでも見られたらもうどんな顔をしていいのかわからない。

弁慶はおそらく見られても全く気にしないのだろうが、望美を気にかけて自重してるのだろう。

元々初めから望美と弁慶では経験の差があるのだから、仕方のないことである。


「お邸、一つじゃないんですね」

「ええ、向こうに見えるのが僕や両親が住んでいる邸で、あちらが他の貴族の方たちを招いたりする時にお通ししています。あと向こうは…」


弁慶の説明をどこか曖昧に望美は受け止めて聞いている。

あまり深く考えたくなかったから。敷地の中にいくつかの邸が建っていて、それもどれも豪邸でここまで大きな邸に住んでいる者は貴族の中でもごく僅かだろう。

それだけの大貴族であって、跡取りの弁慶がどうして自分なんかを好いてくれるのか…。

彼の気持ちを疑うわけではないが、なぜ、どうして、と思ってしまう。

沈んでいては弁慶に心配をかけてしまうと、望美はできるだけ明るく振舞おうとしたが逆に余計に怪しまれて心配かけてしまったようだ。


「望美さん…、やっぱり邸へ行くのは止めておきますか?」


二人はすでに邸の敷地の中までは入ってしまっているが、邸までは少しの距離がある。

今から引き返そうと思えば引き返すことも出来る。

望美が弁慶を見上げると、彼はただ優しく微笑んでいた。

口元を緩ませながらあまりに愛しそうに見詰められるから、望美はトクンと胸が鳴った。


――せっかく弁慶さんがお邸に連れて来てくれたんだもん…。


いいえ、行きましょう。と、望美は弁慶の腕を引いて邸へと向かった。

邸に着くと執事と思われる数人の男性達がいて、扉を開けて中へとエスコートをしてくれた。

あまりの広さと豪華で煌びやかな邸に、望美は辺りを見回しながら口をぽかんと開けてしまった。

予想通りの反応に弁慶はクスっと笑んで、「こちらです」と自身の部屋に望美を案内した。

弁慶の両親は忙しい人で近隣の国へと仕事へ行くことも珍しくなく、不在だった。

てっきり弁慶の両親に挨拶するのかと思っていた望美は、緊張の糸が途切れたように身体の力が抜けた。

彼の部屋まで案内されると、弁慶は「少し待っていてくださいね」と部屋を出て行った。

一人の残された望美は部屋の中を興味深そうに見渡した。


「…ここが弁慶さんの部屋……」


広くてシンプルな部屋。

必要最低限の物しか置いていないのか、あまり人が生活をしているようには感じない。

天蓋付きの白い大きなベットが部屋の隅に置かれていて、窓辺からは邸に庭が見渡せた。

少し外の空気が吸いたくなって、窓を開けるとひんやりした風が中へと入ってきた。


「……弁慶さんはここで育って、生きてきたんだよね…」


――どんな感じなんだろう…大貴族として生まれて…。こんなに大きなお邸なのに…どこか寂しい部屋で過ごして…。

貴族の華やかな社会がある一方で、路頭に迷うことしかない者だっている。

着る物や食べ物を乞い、凍える寒さの中で息絶えていく者達からしたら貴族とは憎むべき存在なのだろうか。

自分の生まれを決めることができれば、誰だって幸せを選ぶことができたのかもしれない。

でも人は生まれを選ぶことはできない、用意された視野の中の世界を精一杯生きるしかないのだ。


「私は……どんな風に生きていきたいんだろう…」

「弁慶の妻となって生きたい…そうじゃないのかい?」

「えっ…」


突然背後からかけられた声に振り返れば、部屋の扉の所に一人の青年が立っていた。

まるで女性と見間違うような整った顔立ちに、少しクセのある赤い髪。


「あ、あの…」

「ああ、ごめん。驚かせちゃったかな、俺はヒノエ」

「ヒノエ、さん?」

「ヒノエ君で構わないよ。歳も俺と大して変わらないだろ?いくつ?」

「十七歳です…」

「同じだな。敬語もしなくていいよ、タメなんだしさ」


状況が飲み込めない望美を他所に、ヒノエは話を続けた。

ヒノエはベットに腰を下ろすと、「こっちへおいで、弁慶の話を聞かせてやるとよ」と手招きしてきた。

この邸にいるということはおそらく弁慶の親戚の者だろう。

しかし跡取りである弁慶は一族の中でも特別な存在なのだと思うのだが、このヒノエと名乗った青年はその彼の部屋に勝手に入ってきてベットに腰まで下ろしている。

望美は弁慶という人間が、そんなに人と馴れ合うことはしない人なのだとわかっている。

だから少し怪しんだ瞳でヒノエをじっと見てしまった。


「…あ、俺を怪しんでる?俺はあいつの、弁慶の甥っ子だよ」

「え…貴方が…?」

「ああ。今日は俺に会いに邸まで来てくれたんだろう?…望美ちゃん?」

「ど、どうして私の名前を…?それに…」


実はこっそりと弁慶の後を付けていて、公園にいる時の二人の会話は盗み聞きしてしまって、ラブシーンまで見てしまいました…なんて言えるわけない。

ヒノエは曖昧に誤魔化して、名前は弁慶から聞いたということだけ伝えた。


「えっと…ヒノエ、君?」

「ああ、それでいいよ。俺も望美って呼んでいいかい?」

「うん…あのヒノエ君、弁慶さんの甥なんだよね?随分、歳が近いね」

「ああ、まぁな」


どこか曖昧な返事、そういえば以前に弁慶にお兄さんがいたんですねと聞いた時も弁慶は少し様子が違った。

何かあるのかもしれない、でもそれは弁慶本人が言ってくれるまで待とうと決めた。

弁慶に他に兄弟がいるという話は聞いていないから、甥ということは彼の兄の息子がヒノエなのだろう。


「弁慶が自分の女を邸に連れて来たのは望美が初めてだよ」


初めて…と、いうことは他にも弁慶は女性と付き合いがあったということだ。

二十五歳という彼の年齢や才色兼備なことを考えれば当たり前なのだが、少しだけ気持ちが沈むのを望美は感じた。

望美の方は全く男性経験が無くて、口付けだって彼が初めてだったのだから。


「あれ…俺なんか余計なこと言っちゃった?ごめんな、別に悪気はなかったんだけど」

「あ、ううん!ヒノエ君は何も悪くないよ。私が…まだまだ子供だから…」


――もっと…ちゃんと割り切れるような大人になりたい。

貴族で十七歳と言えば、結婚をしていても普通の年齢だけど私はまだまだ子供…。

嫉妬なんてしないで、冷静で大人の女の人になって弁慶さんにつり合う様になりたい…―。

本当に好きなの…好きになってしまったの、弁慶さんが…大好きだから。



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