長編
□destiny lover
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『我が一族に相応しい女性を妻に選びなさい』、『跡継ぎの妻として恥ずかしくない者を…』
それは子供の頃から嫌と言うほど周りから聞かされた言葉だ。
華やかに見えるかもしれない貴族だが、それが身分が地位が高いほどに重荷も背負う事となる。
幼いころから母と父は邸には居ない人で、周りの使用人たちに育てられてきたと言っても過言ではない。
両親が決めた許婚もいた。
けど、何度かその女性とは対面もしたけど望美さんに感じるような好きだと愛しいという気持ちは芽生えなかった。
悪い女性ではなかったけど、やはり貴族としての気位の高さや下位の者達への冷たさは好きになれそうになかった。
二十五ともなればさすがに両親も結婚しない僕に焦りを感じたのか、許婚の破棄を許してくれた。
そして望美さんを妻にしたいという僕の願いにいい顔はしなかったものの、仕方ないと渋々認めたのだった。
『僕が妻にしたい女性は望美さんただ一人。彼女との結婚をお許しいただけないのなら僕は生涯誰とも結婚しません』
さすがにその言葉は両親の耳に効いたらしい。
脅しと取られてしまうかもしれないがそれは僕の本音、本気の言葉だ。
この歳になってやっと巡りあえた愛しい人を手放してなるものか。
ようやく想いが重なって恋人となれたのはいいが、まだ障害がなくなったわけではない。
身分違いなのは変わらない事実で、僕がそれを気にしなくても周りはもちろん望美さんが気にするであろう。
もっと違う時代に…違う国で、違う世界で何も障害もなく巡り合うことができればどれだけ良かっただろう。
この国は戦火の真ん中にいると言ってもいい。
近隣諸国は日々戦力を蓄えて、いつこの国に戦をしかけてくるかもわからない。
戦火に巻き込まれてしまえば貴族なんて何の役にも立たない、ただ逃げるか戦うか…。
そんな日が来ないことを祈るしかできない。
「弁慶様、少しいいでしょうか…」
掛けられた声にハッとなり振り返ると、邸の執事である男性が弁慶の後ろにいた。
急に声を掛けられた驚きを顔に出すこともなく、弁慶は頷いた。
「何か僕に用ですか」
「はい、隣国の九郎様から御手紙が届いております」
「九郎から…見せてください」
執事から受け取った手紙に目を通しながら弁慶の表情は次第に険しく強張っていく。
何か考え込むように目を瞑って、大きく溜息を零した。
「…九郎に邸に来ていただけないか返事を出しておいてください」
「かしこまりました」
「…それと、ヒノエはどこにいますか?さっきから探しているのですが見つからなくて…」
望美とこの邸に帰って来て、ヒノエを探しているのだが一向に見つからない。
一人では探しきれないぐらいの広い邸だ。自室にいない、広間にいないとなると困ったものだ。
「ヒノエ様なら、弁慶様のお部屋へと参られましたが…お会いになられませんでしたか?」
…つまりは行き違いになったということだ。
今弁慶の部屋には望美を待たせている。もしかしたら二人がご対面なんてことになっているかもしれない。
望美がヒノエに何か吹き込まれては気が気じゃないと、弁慶は慌てて自室へと戻る。
そんな弁慶の後姿を見詰めながら執事は、『あの方でも、そんな風に慌てることがあるのか…』と呟いたがその本人には届かなかった。
* * * *
そのころ弁慶の自室で望美はヒノエから質問詰めにあっていた。
どんな風に弁慶と出会ったのか、弁慶のどこが好きなのか、望美は身元はどこなのかなど様々だった。
弁慶の恋人として相応しいか調査でもされているのかと初めは思っていた望美だったが、どうやら違うようだ。
質問が次第に好きな食べ物は何か、好きな男のタイプは、など違う方向に進んで行ったからだ。
恐る恐るどうしてそんなことを聞くのかとヒノエに尋ねると、思ってもいなかった答えが返ってきた。
「弁慶の女に興味があるから……いや違うな。俺が望美のこと気にいったからかな」
望美は思わず目を丸くして数度瞬きを繰り返した後、言われた言葉を理解した。
「え…え、え?」
「望美は可愛いね。…俺の女にしたいぐらいだ」
「もう、ヒノエ君ったら…そんな冗談言って」
からかわれていると思って笑う望美に苦笑してヒノエは真剣な瞳を向けた。
そしてそっとその桜色の頬に手を伸ばそうとした所で部屋と扉が開く音がしてサッと手を引いた。
入って来たのはこの部屋の主である弁慶だ。
「あっ、弁慶さん!」
弁慶の姿を確認すると望美は嬉しそうに顔を綻ばせて駆け寄った。
そんな望美に弁慶もつられる様に顔を綻ばせたのと同時に安堵に笑みを見せた。
何に安堵したかというと、ヒノエが望美に何か悪戯をしていなかったことにだ。
「すみません。ヒノエとは行き違いになってしまったみたいです」
「ふふ、ヒノエ君って面白いですよね。どこか弁慶さんにも似ています」
望美の『ヒノエ君』という言葉に弁慶はぴくりと眉を上げた。
この短時間で随分と親しくなったものだと。さすが自分の甥だけに侮れない。
腕を引き望美を抱き締めて、わざとヒノエに見せつけるように額にキスを落とした。
突然のことに顔を真っ赤にして慌てふためく望美と、ひゅーと口笛を鳴らして「やってくれるね」と引きつった笑みを浮かべるヒノエが何とも面白い。
この人は自分のものだから手を出すなと、牽制しているのだ。
「ヒノエ、もう望美さんに挨拶は済んだでしょう?二人きりにしてもらえますか」
「べ、弁慶さんっ…」
「はいはい。じゃあ、またな望美」
あっさりと引いていったヒノエだが、弁慶はカチンと頭にきていた。
『望美』だと?
恋人である自分だって呼び捨てにしたことがないその名を先に呼ばれてしまったことが酷く悔しい。
けれどそんな嫉妬を表に出せないのは弁慶の大人と言う仮面のせいだ。そんな仮面脱ぎ去ってしまいたい。
「弁慶さん…?」
愛らしく自分の名を呼ぶ望美が愛しくて、醜い嫉妬なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
女性の声が男性よりも高いなんて普通のことなのに、その唇から言葉が紡がれるだけでまるでメロディーのようだ。
ずっと聞いていたいけど、それよりも触れ合いたいと願ってしまうのは男の性か。
「弁慶さ…っ…んっ」
まるで言葉を封じ込めるようにキスをされて、望美は息の仕方を忘れた。
弁慶が唇を離してくれなくて、空気を求めて「苦しい」と彼の胸を叩いた。
名残惜しむように弁慶が唇を解放すると望美はぐったりと肩を上下させて息を吸い込んだ。
「な、なんですか…そんな急に…」
特に甘い雰囲気になっていたわけではない。
別に恋人同士なのだから雰囲気など気にせずにキスを交わすなんて普通かもしれないが、望美は初心者だ。
弁慶が初めての恋人で、キスに応え返すことだってできはしない。
「君が愛しくてたまらなくて」
「っ…!」
ああ、またそんなに頬を赤く染めて…その顔が男を惑わすんですよ。
君が悪い。君が僕を…煽るから…。
「んっ…」
貪ってしまいたい、唇だけじゃなくて身体も全部。
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