長編

□destiny lover
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望美の家は貴族でも、そんなに身分が高い方ではない。

決して低いわけではないが、そんなに権力も財力もない。

望美の母は貴族で、父は平民という珍しい生まれであった。

母は自分の使用人だった父と恋に落ち、周りの反対も地位も身分も捨てて結婚した。

その為、望美の祖父にあたる父親に一度は勘当されたらしいが、望美が生まれたことを期に関係が修復されたそうだ。

そんな経緯があって望美の使用人は皆、女性だ。

男は一人もいない。

そのせいで、望美が男性に疎くなった言えなくもない。

それに、望美はあまり身体が強くなくて、小さい頃から病気がちだった。

今まで家の中でほとんど過ごしてきたことで、接することがあった男性といえば父がほとんどだ。

そして、もう一人。

幼なじみの貴族の青年、将臣だ。

将臣の母親と望美の母親が幼なじみで、二人も自然にお互いの家を行き来している。

望美は幼い頃から淡い想いを将臣に寄せているが、当の将臣には妹のように思われている。

他の男の元に嫁ぐ気にもなれなくて、将臣に想いを告げることもできずに今に至る。



「…疲れた。…ただいま…」



社交界から帰って来た望美は疲労の色を隠せない。

慣れもしない場に行ったことで、体力的にというよりも精神的に疲れた気がした。


「お帰りなさいませ、望美様」

「ただいま、朔。ねぇ、私の部屋に行こう?」

「くすっ、はい」


朔と呼ばれた少女は望美に仕える使用人の一人だ。

ただ、他の使用人達よりも望美とずっと年が近いことで、主従の関係は超えている。

望美は朔を大切な友達だと思っているし、朔も望美を大切な友達だと思っている。

けじめはつけて、公ではちゃんと身分をわきまえてはいるが、二人きりの時は別だ。

友達に敬語を使ったり、様付けをするなんておかしいだろう。

二人っきりの時だけ、お互いの本来の姿である親友へと戻れるのだ。


「望美様、社交界は如何でしたか?」

「朔、二人っきりの時はその呼び方と喋り方は止めてよ」

「えぇ、望美。それで社交界はどうだったの?」

「もう行きたくない…疲れただけだったよ」


望美らしいわね、と朔は笑った。


「朔や将臣君と一緒にいるほうがずっと楽しいよ」


そう言ってもらえて朔は嬉しい所だが、望美の両親が聞いていたらきっと落胆していただろう。

朔としては、望美がどこかへ嫁いでしまっても着いていくつもりだから別に結婚して全然構わないのだが、望美にはその気は感じられない。

望美の気持ちを知っている朔としては、将臣と上手くいくように応援しているが、望美が幸せにさえなってくれればいいと思う。


「私も貴方と一緒にいると、とても楽しいわ」

「ありがとう。…結婚なんてしたくない…ずっと、今が続けばいいのに…」

「望美…」

「母様は…私に地位の高い貴族の人と結婚してほしいみたい…」


若い時に自分が父と身分違いで苦労したからって、娘に押し付けないでほしいと思う。

それは娘を苦労させたくないと、幸せになってほしいと思う親心かもしれない。

でも、押し付けられた相手と結婚して幸せになんてなれるはずないのだ。


「父様は…望美がちゃんと好きになった人と結婚すればいい、って言ってくれたけど…」


父は優しい言葉を掛けてくれたものの、この家の主は母の方だ。

それは当然、父は元は平民で母と結婚したことで貴族の仲間入りをしただけなのだから。

二人は仲は良いが、父は母に頭が上がらない。


「…私は…将臣君が好き…」

「わかっているわ、望美…」

「でも…将臣君だっていつか結婚しちゃうんだろうし…私、諦めた方がいいのかな…っ…」

「望美…」


瞳からぽろぽろと涙を流す望美を、そっと優しく頭を撫でてやった。

昔から望美はよく泣いた。

嬉しい時、悲しい時、寂しい時、涙を流した。

こういう素直な心を持っているから、貴族などの身分を越えて望美と親友になれたのだと朔は思う。

そのころ、別の場所で自分の将来に関わる大事な話をされているなんて望美は知るよしもない。








* * * *









時間は止まらない、どんなに望美が今がずっと続いてほしいと願っても進むのだ。

そして望美が悩んでいる間に、ことは着々と進んでいた。

テーブルに向かい合い、話をするのは二人の男女。

女性の方は望美の母、そして男性の方は、あの社交界で望美が出遭った青年だった。

歳は望美の母の方がずっと上だが、恐縮しきっている。

それは、それほどにこの青年の地位が高いということだ。

年齢など、身分や地位の前では天秤にもかけられないのだ。



「あの…お話は伺いましたが…本当に望美を…?」



先に本題を口にしたのは望美の母の方だった。



「はい。社交界でお目にかかりまして…ぜひ僕の妻になっていただきたいと思っています」

「…どうして望美なのでしょうか?」



あの社交界から帰って来た後に、突然の申し込みがあった。

それは、貴族の中でも特に有名な大貴族の跡取りである子息からだった。

そして、その内容はというと「娘さんと結婚させてください」というものだった。

望美の結婚を心配していた母としては嬉しいはずなのだが、いきなりのことで手放しに喜べなかった。

これが現実なのかと疑ってしまうほどだ。

親として、自分の娘は世界で一番可愛いと思っている。

だけど、この世界は可愛さだけでは生きていけないのだ。



「望美さんは…僕に無いもの持っている。一言で言うと、一目ぼれです」

「ひ、一目ぼれ…ですか?望美に…?」

「僕も、もう二十五なので…いい加減に妻を娶れとは周りに散々言われてきました。でも…どの女性も僕を満たしてくれなかった…望美さんは短いあの時間だけで僕の心を奪っていったんです」

「あの……でも、同じ貴族と言いましても、身分違いでは…」

「僕は地位や身分などよりも大切なことがあると思っています」



その青年の瞳が真剣で、望美の母は気持ちがぐらりと揺れた。

かつて、自分と夫も身分違いで周りの反対を押し切って結婚したからあかる。

人を愛してしまえば、そんなもの何も関係なくなってしまうのだと。



「お願いです、望美さんを僕の妻にください」

「…私は…貴方様が良ければぜひと思っております」

「では…!」

「でも…私も娘が可愛いので、娘がそれを望めば…」



望美に結婚してほしいと思ってはいたが、好きでもない男の所に嫁がせる気なんて毛頭ない。

もちろん理想は地位の高い貴族の男性とが一番好ましいと思っているが、無理強いなんてできない。



「わかりました。では明日から、僕は望美さんの所に通います」

「え?」

「僕も望美さんも、まだお互いのことをよく知りません。だから、一緒に過ごしていくことで望美さんに僕を知ってほしいんです」

「ですが…」

「…もちろん、望美さんに最終判断は委ねます。望美さんが結果的に僕と結婚するのが嫌だと仰ったら…その時は潔く身を引きます」



それで如何ですか?と言われ、望美の母は少し額に手を当てて考え込んだ。

最終判断は望美に…。

とても、あの望美が「うん」と言うとは思えなかったが、こんな機会でもなければ一生お嫁に行くことも無いだろうとも思う。



「…では、よろしくお願いします」


「はい」



運命の相手はすぐそこに…――。



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