長編

□destiny lover
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今だからこそ元気になったけど、幼い頃から身体が弱くて、病気がちだった。


だから、家からほとんど出ることができなくて友達を作ることもできなかった。


でも、私には大切な幼なじみがいたから、平気だった。


将臣君とは、母様同士から幼なじみ。


だから、お互いの家を行き来することも珍しくなく、仲も良いと思う。


もう一人、幼なじみに将臣君の弟の譲君がいるけど、将臣君とは同い年だから余計に仲が良かった。


私の世界に男の人って、父様、将臣君、譲君、それだけ。


私は将臣君が好きだよ、だから別に社交界とかに行って他の男の人に出遭いたいなんて思わない。


母様、父様、将臣君、朔がいてくれれば、私はそれ以上は望まない。


変わってしまうのが怖いから、大人になんてなりたくない。








社交界の翌日、望美は幼なじみの将臣の家に来ていた。

ほとんど外に出ることがない望美が、自分から好んで出掛ける所といえば此処ぐらいだ。

望美の両親も、幼なじみの家に行くことには信頼しきっているので反対もしない。

馬車に揺られながらやって来た望美を一番に出迎えてくれたのは将臣だった。


「よぉ、望美」


「将臣君!」


大好きな幼なじみ会えたことで望美の顔は綻んだ。

今は朔という親友がいるが、朔が使用人としてやって来るまでは、望美が赤の他人で接していたのは将臣がほとんどだ。

好かれていることは嬉しいが、望美にもっと視野を広げてほしいと将臣は思っていた。

だから、遠ざけるようなことをしたことがあったが、それは望美を悲しませてしまい断念した。

でも、こんな狭い視野で生きていくには、望美は早すぎる。

まだ若くて、これからいくらでも可能性を持っているのだから。


「おはよう、将臣君!」

「あぁ、おはよ」

「譲君は?」

「譲は今、家庭教師が来ていて二階で勉強中だ」

「そっか。将臣君はしなくていいの?」


ん?俺か?、と将臣は苦笑しながら応えた。


「親の跡は、出来の良い弟に任せるさ」

「もうっ、またそんなこと言って!確かに譲君は頭良いけど、将臣君だってやれば出来るじゃない」

「やる気の問題だ、俺には向いてねぇよ」


小さい頃は、いつも三人でいた。

望美と将臣と譲と。

でも、いつの間にか譲とは少ずつ距離が出来た。

それは、成長していく上でごく普通のことなのかもしれない。

幼なじみといっても、血は繋がっていないし、男と女なのだ。

仕方ないことと割り切っても、いつか将臣も離れていくのではないかと心は複雑だ。


「どうした、望美?」


俯き、暗い顔をしていた望美を将臣は心配そうに覗き込んだ。

慌てて顔を上げ、何でもないと首を振る。


「本当か?お前はいつも一人で考え込む所があるからなぁ」

「ううん。本当になんでもないよ、将臣君の部屋に行こう!」

「…そうだな」


望美は育った環境のせいか、世間知らずな所がある。

無防備なのだ、男に対して。

そう譲が望美と距離を置くようになったのも、異性として意識し始めたから。

幼なじみという関係が、なおさら男と女ということを忘れさせている。

こんなに簡単に、自分の部屋に行こうなんて無防備にもほどがある。

望美に気がつかれないように、将臣は溜息を零した。



* * * 



「わぁ、将臣君の部屋変わったね!」


将臣の部屋に入るなり、望美は部屋を見渡した。

きょろきょろと、興味津々のさまはまるで子供のように無邪気だ。


「そうか?」

「変わったよ!前に来た時はこんなに書物も多くなかったし、こんな本棚もなかった!」

「そういえば、久しぶりだな。望美が俺の部屋に来るの」

「将臣君が入れてくれなかったせいじゃない!」

「あ〜…まぁな」


別に意地悪で部屋に入れなったわけではない。

望美は女で、将臣が男だから。

年頃の男女が二人きりになることを周りが心配するから。

将臣も自分の両親から、「望美ちゃんとちょっと距離を置いたら?」と釘を刺されている。

しかし今日は両親は不在のため、「まぁ、いいか」と望美を部屋に入れたのだ。


「あ、望美。お前、昨夜社交界に行ったんだってな」

「えっ!何で将臣君が知ってるの!?」

「お前の母さんが俺の母さんに言ったんだよ。何でもお前にいい加減に身を固めてほしくてとか…」

「っ…母様〜」


何も、わざわざ将臣君のお母様に言わなくてもいいのに!


「…で?どうだったんだ」

「どうって…」

「いい奴いたか?」

「…」


そんなに軽く聞かないでほしい。

望美は将臣が好きだ。

この反応では、将臣は望美は社交界へ行ったことが対して気にしていないようだ。

つまり、片思い?

いや、それは今更なことだけど、乙女心としては少しぐらい妬いてほしい。


「…ばか」

「はっ?」

「将臣君の馬鹿!本当に何にもわかってないんだから!もう、私帰る!!」

「ちょ…望美!?」


将臣の制止も無視して、望美は帰ってしまった。

一人、ぽつんと残された将臣は頭を抱えた。

望美は自分に何もわかっていないと言ったが、それは望美の方だ。

どうして今まで幼なじみの領域を、男と女に一線を超えずにいられたかは全部将臣の素晴らしい努力があったからだ。

純粋で人を疑うことを知らない。

無垢な望美を傷つけたくないからだ。



「たくっ…お前こそ、俺の気持ちをわかってないくせに…」



零れた将臣の言葉を聞く者は誰もいない。








* * * *









「ただいまぁ…」

「お帰りなさい、望美」


少し沈みながら帰宅した望美を出迎えたのは、いつもの朔ではなくては母だった。

望美の両親は共に忙しい人なので、こんな風に望美を出迎えてくれることは珍しい。

逆に、帰宅した両親を出迎えるのが望美の役目だ。


「母様、今日はお仕事は?」

「ちょっと、大事な用事が貴方にあってね」

「私に…?何?」

「望美に会わせたい人がいるの」

「会わせたい人…?」


誰?と望美が尋ねても、「会えばわかるわ」としか教えてくれなかった。

客室にいるからと会って来なさい、それだけだった。

会えわかるということは望美の知り合いということだろう。

元々、知り合いも少ない望美は誰だろうと首を傾げた。

叔父さんか、伯母さんか、いとこだろうかと、考えを巡らせる。


「でも…それだったかわざわざ会わせたい人がいるなんて言い方変だよね…」


身内の可能性は低いだろう。

身内ならわざわざ会うことに気兼ねする必要などないのだから。


「じゃあ…誰だろう?」


考えてもわからないか、と望美は客室へと足を運ぶ。

誰かはわからないが失礼はないようにと、少し乱れていた髪を手で軽く梳く。

客室の扉の前で一度立ち止まり、コンコンとノックをする。



「望美です。失礼します」



大きな音を立てないように扉を開けて、中へと入る。

部屋の中には一人の男性がいて、窓から外を眺めていた。


「あの…」


琥珀色の長い髪をしたその人の後姿は見覚えが無い。

一体誰だと少し困惑しながらも近づき、声をかける。

しかし声をかけても返事が帰って来なく、肩に触れようと手を伸ばした。

すると、急にその男性は振り返り、望美の腕を掴んだ。


「きゃっ…!」


突然のことに驚いた望美は小さな悲鳴を上げた。


「あぁ、すみません。驚かせてしまいましたね」

「あ…貴方は…」


振り返ったその男性は、知っている。

そう、昨夜のあの社交界の庭先で出遭ったあの人だ。

知り合い…というのは少し無理があるような気もする。

すれ違った人、ぐらいが丁度良いだろう。

でも、どうして彼が此処にいるのだろう。

社交界にいたのだから貴族だということはわかる。

母か父の知り合いだろうか?

この何ともいえない、気品に溢れている様が身分が高い人だと直感的に思わせた。


「あの…」

「改めて初めまして、弁慶と言います」

「弁慶…様…?」


そう呼ぶと、弁慶と名乗った青年は少し困ったように笑った。


「…様はやめていただけませんか、”さん”で構いません」

「じゃあ…弁慶さん…」

「はい」


望美が言い直すと、今度は嬉しそうに笑った。

その顔が幼く見えて、望美は少し安堵した。


「えっと…私に何か用があるって聞いたんですが…」

「えぇ。回りくどいのはあまり好きではないんで、率直に言わせていただきます」


一体、何を言われるのかと望美は額に冷や汗をかいた。

しかし、弁慶が紡いだ言葉は予想していないもので、逆に固まってしまった。



「いきなりこんなことを言われて驚くかもしれませんが、僕は本気です。…僕の妻となってほしいんです」





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