長編

□destiny lover
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結婚には憧れと理想がある。

たくさんの人達に祝福されて、永遠の愛を誓うのは大切な愛しい人。

もちろん、恋人としての過程を踏むことが当然ながら前提である。


『僕の妻となってほしいんです』


いきなりのプロポーズ。

出会って間もないのに…とかそれ以前の問題である。

望美と弁慶は、恋人でなければ知り合いとも言い難いぐらいの関係だ。

思考が追いついていないらしく、望美は固まったままである。

そして、弁慶はというと静かな笑みを浮かべている。

しばらくして、やっと言葉の意味を理解した望美が数度瞬きをして口を開いた。


「え……えぇ?あ、え、えっと…?」


まるでろれつが回っていないかのように、望美は自分でもわけのわからない言葉を口にする。

その様子に弁慶はクスッと微笑んで、望美の手を取ると甲に唇を寄せた。

口付けられ、まるで身体が沸騰するかのように熱くなるのを望美は感じた。


「…社交界でお会いしたあの時から、僕の心は君に捕われてしまいました」

「と、捕われ…?」

「一目惚れです、どうか僕の妻に…」


望美はやっと理解した。

つまり、昨年の社交界で自分に一目惚れしたから妻にとなってほしいと乞いに来たということだ、この弁慶という青年は。

当然、今まで男性と付き合いをしたこともなく、好きだなんて言われたこともない望美は戸惑った。

赤く火照った頬も戻らない。

困惑している望美に弁慶は言った。


「驚かせてしまいましたね。…でも、僕の気持ちは嘘偽り無い本気です、望美さん…結婚してください」

「ちょ…ちょっと待ってください!け、け、結婚…って私達、お互いのこと何も知らないし…そんな…」


それに、私は将臣君が…!


「ええ、だから君に僕を知ってほしいんです。僕も、もっと君を知りたい…」

「え…?」

「これから出来るだけ毎日、君の元に通います。僕には仕事があるので朝だけの日や夜だけの日もあるでしょうが、君に会いに来ます」

「ま、待って!待ってください!!」


いつの間にか話が先へ先へと進んでいる。

まだ結婚に関してだって了承もしていないのに毎日通ってくるなんて、と望美は慌てて首を振る。


「私、貴方と結婚なんてできません!」

「ええ、会っていきなりではさすがにそう言われると思っていました。だから、僕を知ってから答えが欲しいんです」

「でも…」

「もし…最終的に僕と結婚したくないと思ったら、僕は身を引きます…君に迷惑を掛けるようなことはしません、だから…」


友人から始めてくれませんか?と髪と同じ琥珀の瞳に見詰められ、望美は否とは言えなかった。

やわらかい物腰に、喋り方、悪い人ではないと思う。

それに、こんな風に真っ直ぐに好かれて悪い気はしなかった。

どちらかというと、印象は良い。

もちろん、望美には将臣という好きな人がいるのだから、弁慶と結婚するという気持ちは無かった。

だが、元々友人も少ない望美にとってはせっかく仲良くなれるかもしれない人を無下にはしたくなかった。


「…友達…なら、いいです」

「本当ですか!?」

「…はい、でも…私は」


結婚は…、と続けようとした望美の唇を弁慶の人差し指が制止した。


「それは、僕を知ってから答えをください。ね?」


片目を閉じながら微笑み、弁慶は言った。

その顔が、まるで女性だと見間違えるぐらい色っぽく見えた。

こんなに胸が早鐘のように高鳴っているのはきっとそのせいだ。


「…わかりました。よろしくお願いします、弁慶さん」


スッと望美が握手を求めて、手を差し出した。

すると握り返してくれたかと思うと、その手をぐいっと引かれた。

そして、いつの間にか抱き締められていた。


「えっ!べ、弁慶さんっ」

「ふふ…少しでも君に近づけたと思うと嬉しくて」


つい、と笑う弁慶とは対照的に望美は顔を真っ赤にしながら腕から逃れようと暴れた。

この女性と見間違うような華奢な身体のどこにそんな力があるのか聞いてみたい。

さすがに男だけあって、弁慶の腕の強さには敵わない。

抱き締める腕を離してくれない。


「っ…弁慶さんっ!」


少し強張った声を望美が上げると、弁慶はあっさりと腕を解いた。


「すみません、少し意地悪が過ぎましたね」

「いっ…意地悪…だったんですか?」

「君が可愛いからですよ」


どうしてこんなに恥ずかしい台詞が次から次へと出てくるのか。

これが世の中の男というものなのか一瞬思ったが、将臣や父はそんなんじゃないと首を振る。

良く言えば、口が達者で人見知りをしなくて、積極的。

悪く言えば、軟派で軽い男。

でも、弁慶の容姿のせいか軟派な男というのは合っていないと感じた。

上品さを兼ね備えているからこそ、女性を口説く時に武器になるのだろう。


「今日はご挨拶に来ただけですから、そろそろ帰ります」

「あ…はい。…本当に明日から来るんですか?」

「ええ、君に会うために来ます。…必ず僕に振り向かせてみせますよ」


普通の女性なら、弁慶のその容姿と身分があれば簡単に落ちただろう。


しかし、望美は世の中をあまり知らない。


弁慶が綺麗な人だとは感じたが、それだけだ。


身分や地位にも興味が無い。


望美がそういう娘だということは、望美の母に聞いていて弁慶もわかっている。


しかし、それは欠点だとは思わない。


むしろ長所で、純粋な人だと弁慶の気持ちをさらに高ぶらせた。


そんなことを知らない望美はどうして弁慶が自分を妻に望むのか、不思議でしょうがなかった。


弁慶の想いが望美に届く日は…きっと遠い。





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