長編

□destiny lover
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あとで母様から聞いた話、弁慶さんはとても有名な大貴族の跡取りらしい。

やっぱりと思った。

だって、あの若さであそこまで落ち着いていている人なんて珍しい。

だから、すごく納得してしまった。

でも、納得いかない。

そんな人がどうして私を…?

弁慶さんの瞳は冗談や嘘を言っているものじゃなかった、だから本気なんだと思う。

本当に、私と結婚したいって…つ、妻に…なってほしいって思ってくれてる。

気持ちはすごく嬉しい、こんな風に情熱的に想われて心が温かくなった気がした。


『これから出来るだけ毎日、君の元に通います』


そう言っていた通り、弁慶さんは翌日から私の元に通うようになった。

弁慶さんの仕事の関係で、朝早く来る日もあれば、日が暮れたころに顔だけ出す日もあった。

初めはすごく戸惑った。

だって、一体何を話せば良いのかわからなかった。

友達からって言っても、やっぱり朔と接するのとはまた違う。

弁慶さんは男の人だから。

どう接したらいいのか私が困ってると、弁慶さんは「そんなに固くならないで下さい」と言ってくれる。

見透かされてると、思う。

大人だなって思う。

私は…将臣君が好きだから…弁慶さんの気持ちには応えられないけど、仲良くなりたいと…思った。


「…ねぇ、朔」


「ん?何、望美」


こういうことは自分で考えたってわからない。

経験豊富な物知りな人に聞くのが一番だろうが、生憎望美にはそんな知り合いはいない。

両親や将臣に恋愛のことなんて聞けない。

だから一番、聞きやすく信頼している朔に聞いてみた。


「あのね、弁慶さんのことなんだけど…どう思う?」

「弁慶殿?んー、そうねぇ…」


望美に会いにやって来た弁慶と、朔は顔を合わせているし、会話もしている。

朔の弁慶への印象は、そんなに悪くは無い。

初めて会った時、使用人として立場をわきまえて「弁慶様」と呼んだら、「様はやめてください、僕には荷が重過ぎます」と笑いながら言われた。

弁慶さん…と呼ぶとなんだか親しすぎる気がして、弁慶殿と呼ぶことにした。


「私は…少し苦手かしら」

「苦手?」

「ええ。何を考えているのか読めない人ね」

「そう…かな?私は、弁慶さんってすごくわかりやすい人だと思うけど」


弁慶はそんなにお喋りな方ではないが、色んな事を知っていて話題は豊富だ。

望美が話しやすいように、話題をふってくれたりと配慮もしてくれる。

いつも笑顔を向けてくれる。


「弁慶さんは優しいよ…?」

「望美には、ね」


朔は少し意味ありげにそう言った。


「朔にだって優しいでしょ?」

「まあ、優しくないわけではないけど、望美には特別ね。貴方を見詰める顔がとても優しいものだとは思うわ」

「朔の言いたいことが…よくわからない…」

「つまりね、弁慶殿は…大切な人ほど優しいくなれる人ってことよ」


誰に対しても優しい望美とは違う。

そういうことだ。

貴族という枠のなかで生きているのだから仕方がないことだ。

身分、地位、金、あらゆる物が取り巻く世界なのだから。

それに弁慶は大貴族の跡取りなのだから尚更。

時には非情になって切り捨てる、そんな判断だって必要になるのだ。


「望美は将臣殿が好きなのでしょう?」

「う、うん…」


朔にはとっくに気持ちは知られているが、改めて言われて頬を染めた。


「どうしてそこまで弁慶殿に気をかけるのかしら?」

「え…べ、別にそんなんじゃないよ!」

「確かに、弁慶殿はかっこいい方だとは思うけど」

「もうっ!朔!!」


クスッと、朔は「冗談よ」と笑った。

こういう所が弁慶さんと似ていると思ったが、それは機嫌を損ねてしまいそうなので秘密だ。


「そういえば弁慶殿のこと、将臣殿には何て説明したの」

「あぁ…将臣君には説明をする前に伝わってた…また母様が…」


望美の事となると、すぐに将臣の母に伝わって同時に将臣本人にも伝わるのだ。

幼なじみだから仕方ないのかもしれないが、望美の母と将臣の母は本当に仲が良い。

望美と将臣は女と男の幼なじみだから、どこか超えれない一線がある。

もし、将臣が女だったら…きっと恋の変わりに、今の朔との様に友情を築いていたのだろう。


「…将臣君さぁ、…良かったじゃねーかって笑ってた…」


こっちの気持ちも知らずに…。

そう言われた時は顔には出さなかったが、さすがに凹んだ。

妬いてほしいとまでは言わないけど、それはさすがに溜息が零れる。


「望美…」

「なんて…ずっと将臣君に気持ちを伝えられない私が悪いんだけど」

「望美、あのね…」



コンコン…



「望美様、弁慶様がいらっしゃいました」



部屋の外から聞こえた音と声に朔の言葉は遮られた。

望美は朔に視線を向けた。


「私は仕事があるから、望美は弁慶殿の所に行って来なさい」

「うん…じゃあ、また後でね」

「ええ」


パタパタと小走りで望美は行ってしまった。

部屋に残された朔は、ふぅ…と息を零す。


「…望美…、貴方の将臣殿に対する気持ちは……」


紡いだ言葉は風の音によって遮られた。








* * * *








毎日やって来る弁慶は、色々なお土産を望美にくれる。

とても甘くて美味しい菓子だったり、珍しい装飾品だったり、と様々だ。

中には高そうなものもあり、望美は受け取れないと首を振った。

すると、「君のために買ったんです、君に受け取ってもらえないなら処分するしかありませんね…」と悲しそうな顔をこっちに向けるのだ。

おそらくそういうことで望美が断れないと分かっているのだろう。

本当に策士だ。


「弁慶さんは…どうして私が良いんですか?」

「どうしたんですか、突然」


客室のテーブルに向かい合いながら座り、弁慶が持ってきた菓子を一緒に食べながら望美は唐突にそう投げかけた。

室内には菓子の甘い香りが漂っている。

部屋の隅には使用人もいるが、距離があり二人の会話は届かない。


「いえ…ずっと思ってたんです。弁慶さんほどの人が、どうして私なんかを…」


そもそも、望美の家と弁慶の家では地位が違いすぎる。

後ろ盾になることを考えたら、望美の家の方に得はあるが、弁慶の家の方には損だ。

それに弁慶は大貴族の跡取りなのだ、25歳まで独身でいることなんて珍しいだろう。

普通は婚約者でもいて、とっくに結婚しているはずなのだ。


「弁慶さんは、どうして今まで結婚しなかったんですか?」


密かに眉を潜めて、苦笑しながら弁慶は答えた。


「実は婚約者がいたんです。…といっても、もう婚約は破棄しましたが」

「あ、やっぱりそうですよね。いない方が変です」

「その彼女とは親同士が決めた許婚だったんですけど…僕は乗り気じゃなくて…」

「結婚は、したくなかったんですか?」

「そうですね…、愛のない結婚が嫌だった…そういうことです」


弁慶は望美の瞳を真っ直ぐ見つめてきた。

それには、望美も胸がトクンと高鳴った。

愛のない結婚が嫌だった…つまり、愛してる人としか結婚したくないということ。

それは、結婚を望まれている望美は愛されているということだ。

そう考えると、一気に顔に熱が集まるのを感じた。


「べ、弁慶さんっ…!」


スッと手を引かれたと思ったら、甲に口付けられる。

こうされるのは二回目だ。


「私達、友達ですよね!?」

「ええ。今は」


意味ありげに囁かれた「今は」という言葉。

この言葉には、未来は違うという意味が込められているのだろう。


「と、友達はこんなことしません!」


望美は口付けられた手をバッと引いた。

そすと、弁慶は残念そうに笑っていた。


「そうかもしれませんね。でも、僕は君が好きだから…少しだけ許してください」

「好きって…!前から思ってたんですけど、いつからですか!」

「一目ぼれだといったでしょう。初めて会った時、空を眺めていた君はまるで天使のようでした」

「が、外見より大事なのは中身です!」

「僕は君を知れば知るほど、好きになります。やっぱり僕の目に狂いはなかった」


この達者な口を持つ弁慶に、敵う日なんてこないと望美は思った。

恥ずかしい台詞も照れもなく言ってしまう、望美にとったらいつまでも慣れない。

そんな望美を見て、弁慶は微笑んでいるようだ。


「望美さんは僕のこと、どう思いますか?」

「友達です!」


それ以下でもそれ以上でもありません!とキッパリ言われてしまい苦笑した。


「そうですか。でも…僕も本気ですから、覚悟してくださいね…?」



時間がかかっても、必ず君を振り向かせてみせます。


君は、僕が初めて心からほしいと思った人だから。




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