長編

□destiny lover
7ページ/25ページ



「え、今日は弁慶さん来れないの?」


一人、自室で読書に耽っていた私の元に朔から知らせがきた。

昨日、「明日はお昼ごろに伺いますね」と言っていた弁慶さんが仕事の都合で急遽来れなくなったとのこと。

最近は弁慶さんが毎日来るのが当たり前みたいになっていて忘れそうだったけど、元々は忙しい人だ。

大貴族の跡取りで、やらなければいけないことはたくさんある。

それでも、時間を惜しんで毎日私に会いに来てくれていることを改めて実感した。


「それでね、弁慶殿からお詫びにってお菓子とお花が届いているわよ」

「そんなの別にいいのに…」


毎日会いに来てくれる時だって何かを持参して、私に送ってくれる。

来れない日ぐらい、そんなこと気を使わなくていいのに…。


「弁慶殿って結構マメな方ね」

「うん…なんだか悪いなぁ…」


朔に渡されたお花は両手いっぱいが塞がるぐらいたくさんあった。

思わず、持ちきれなくてよろけそうになる。

すると、私の部屋にあるいくつかの花瓶に分けて飾ってくれた。


「綺麗…」


花には詳しくないので何の花かはわからない。

けど、小さな蕾をたくさんつけた花や、色取り取りの花が気持ちを和ませてくれる。


「そうね。でも、活けたらもっと綺麗になるわ」

「あ、そうだ!朔っ、お花私が活けてもいいかな?」


普段私がお花を活けることなんて無いんだけど、今回は特別。

せっかく弁慶さんが私の為にくれたお花だから。

明日、弁慶さんが来たときに少しでも喜んでもらえたらいいなって思った。


「ええ、構わないけど…どうして?」

「私が活けたら、弁慶さん喜んでくれるかなって」

「くすっ…そうね、きっとお喜びになると思うわ」


意味深に笑う朔に私は首を傾げた。


「何で笑ってるの?」

「ふふ。望美は弁慶殿に対して優しくなったと思って」

「前は優しくなかった?」

「そうじゃなくて、警戒していたわ」


そう言われれば、そうかもしれない。

初めはいきなりよく知りもしない男性が毎日自分の元に通ってきて戸惑いや警戒があった。

でも、毎日顔を合わせて接している内に確実に親しくなっている気はする。


「最近は将臣殿の話より、弁慶殿の話をすることの方が多くなったと思うけど?」

「そんなことないよ!」


必死に否定する望美の姿に、朔はさらに深く笑んだ。

少し頬を膨らませているその様はまだあどけない少女のようだ。

けど、どんなに望美が子供のままいたいと思っても時間は待ってはくれない。

十七歳といえば、貴族の世界ではもう立派な大人だと認識されている。

女は嫁ぎ、男は妻を娶り、子孫を残し次代へと続いていく。

いつまでも、このままではいられない。


「私のことより朔はどうなの?」


朔は望美よりも一つ年上だ。

望美同様、そろそろ身を固めてもおかしくない年頃なのだ。


「私?私は、そうね、主人である望美が結婚してから考えるわ」

「もう!二人の時に、主人とかそういうの言うのは無しだよって言ったじゃない!」

「そうだったわね、ごめんなさい」

「そうだよ!私達、友達でしょう」

「もちろんよ」


朔の家系は代々望美の家に仕えている下級の貴族だ。

同じ貴族といっても地位の違いもあり、望美よりも弁慶の方が地位が高ければ、朔より望美の方が身分が高いのだ。

朔は十五の時に、望美に仕えるべくやって来た。

初めは地位の高い貴族なんて、ろくでもない人しかいないと思っていた朔だったが望美との出会いがその考えを変えた。


『初めまして、望美様。今日からお仕えすることになりました、朔と申します』

『朔、さん?初めまして、望美です』

『朔とお呼び下さい。望美様気に入っていただけるように最善を尽くさせていただきます』

『そう…。じゃあ、さっそくだけど、お願いしていいかな?』

『はい、何なりと』

『様は止めて。私、貴方と友達になりたいな』


今、思い出しただけでも鮮明に蘇る。

あの望美との出会いは忘れられない。

傲慢で自分勝手で我侭という貴族のイメージを見事に崩したのである。

最初は望美に戸惑った朔だったが、今では無二の親友だ。

望美には幸せになってほしいと願っている。

望美を傷つける人は許さない。

だから、朔から見て、弁慶も将臣も望美を傷つけることはないだろうと安心しているのだ。


「望美」

「ん?」

「私は貴方の素直で、純粋な所が大好きよ」

「なぁに?突然。私だって、朔が大好きだよ」

「ええ。ねえ、望美…貴方は優しいから、自分の気持ちを押し殺してしまう所があるわ。一人で悩まないでね…」

「うん!ありがとう」


親友とは名ばかりじゃない。

お互いが強い絆で結ばれて、苦しみや喜びを分かち合える。

それは夫婦と似ているようで、全く別の関係。

どちらもとても尊いものだ。



* * *



「…できた!どうかな、朔」

「ええ、上手にできたわね。これならきっと弁慶殿も喜んでくれるわ」

「そうかな」


弁慶から貰った花をさっそく活けた望美は、その出来栄えに誇らしげに胸を張った。

望美はそんなに手先が器用とは言えない。

少し時間は掛かったが一生懸命、花を活けた。

そして、出来上がったものは自分でも上出来だと思えるものとなった。

少しだけ、朔に手伝ってはもらったが。


「喜んでもらえると嬉しいな」


そう言いながらも、すでに嬉しそうに笑みを見せる望美に朔は微笑んだ。


「望美、知ってる?花には、花言葉というものがあるのよ」

「うん、そういうのがあることは知ってるよ…詳しくはないけどね」

「私は少しだけ花言葉を知っているのだけど、弁慶殿はどうやら詳しい見たいね」

「え?どうして」


スッと朔は活けた花の一つを指差した。


「たとえば…この花はユリ。白は純潔、黄色のものには飾らぬ美という意味があるのよ」


それは、きっと望美のことを指している。

しかし、望美はそのことには気付いていないようだ。


「へぇ…じゃあ、こっちの赤い花は?」

「これはハナミズキ。花言葉は…”私の想いを受けてください”」


ボッと望美の頬が赤く染まった。

さすがに、こういうことに疎い望美でもわかった。

この送られた花々は、弁慶の気持ちが篭っているものだと。


「くす…望美、顔が真っ赤よ」

「だ、だって…!私のせいじゃない、弁慶さんのせいだもん…いつもいつも…」


こんなに熱い想いを包み隠すこともせずに伝えてくるから…。


「きっと、弁慶殿なら貴方を幸せにしてくれると思うわ」

「私は…!…将臣君が好き…だもん…」



少しずつ貴方に惹かれていることに気付かなかったんじゃない。


気づこうとしなかった。


だって、今の関係があまりにも当たり前で愛しいものに変わっていったから。


毎日、毎日、いつ貴方が来るのか待っている自分に気が付かなかった。


今は、まだ…もう少し何も知らないままでいさせて。





-
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ