長編
□destiny lover
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弁慶から送られた花は家中のいたる所でその美しさを輝かせた。
その内、望美が活けた花は弁慶がやってくる客室に飾られた。
もちろん翌日にやって来た弁慶がその花を目にして、喜んだことはいうまではない。
『僕が送った花、活けてくれたんですね。ありがとうございます』と貰ったはずのこっちが感謝されてしまった。
でも気恥ずかしくて、望美は活けたのが自分だとは言い出せなかった。
『どうして言わなかったの?』と朔に問われると、望美は『恥ずかしかったんだもん!!』と顔を真っ赤にさせた。
恥ずかしい原因は二つ。
一つは、望美は自分の手先が器用ではないことが十分承知だから、いくら上出来だとは見せることへの恥ずかしさが出たため。
もう一つは、弁慶のために活けたから、そのことへの気恥ずかしさ。
しかし、後でこっそりと朔から望美が活けたのだと聞いた弁慶は口元を綻ばせた。
最近、望美さんの僕に対する態度が少し変わった。
いつからだっただろうか、そうだあの時だ。
仕事の都合で望美さんに会いに行けなくて、花と菓子を贈った次の日。
出迎えてくれた望美さんが僕と視線を合わせてくれない。
もしかして、会いに行けなかったことを寂しがってくれたのかなと思ったがそれはなさそうだ。
そもそも、僕のことはハッキリと友人だと言い切っているのだから。
ならどうして視線を合わせてくれないのか、僕は彼女の顔を覗きこんでみた。
すると、望美さんは顔を真っ赤にして手で僕の顔を伏せてきた。
…これは…もしかして意識してくれている?
あれほど、頑なに僕のことを友達ですと言っていた彼女が…?
僕のことを男として、意識して見ている?
どうして急に意識してくれているのだろう。
今まで、何度も「好きです」や「可愛いですね」とは伝えていた。
反応は顔を真っ赤にはするけどその時だけで、次に会うときはいつもの望美さんだった。
「望美さん」
名前を呼ぶと、答えるだけの返事が返ってくる。
「…はい」
僕が声を掛けるだけでピクリと反応する望美さんに、まるで御伽噺のお姫様を苛める悪い魔法使いのようだと苦笑した。
「前に君の活けてくれた花、とても綺麗でした。また今度、花をお持ちしますから今度は僕の前で活けてほしいな」
「えっ!む、無理です!!私、全然上手じゃないし、下手で時間もかかるし…」
朔にも手伝ってもらったし…と望美は首を振った。
「ああ、言い方を間違えましたね。君が活けてくれたからとても綺麗だと思ったんですよ」
「そんなこと…」
ない…と言う前に、弁慶に言葉を遮られてしまった。
「君が一生懸命、僕のために活けてくれたのだと朔殿から聞きました…それが嬉しくて、ね」
「…喜んでもらえたなら…私も、嬉しいです」
「嬉しいですよ…とても…君だからです」
「…弁慶さん」
「望美さん…」
スッと弁慶の顔が目の前にきて、近づいてくる。
それには望美も、え?え?と混乱した様子を見せた。
客室は二人っきりではない。
少し離れてはいるが、隅には使用人もいてこちらを見ている。
いや、それ以前に弁慶は望美の答えを待つと言ったのだ。
キスなんて駄目…!!と望美がぎゅっと目を瞑って、唇を手で覆った。
コツン
キス…とはかけ離れた音がした。
額に熱を感じる。
何?と思い望美がゆっくりと目を開けると額に、弁慶が自分の額を合わせていた。
さっきの音はこれが原因だ。
顔が近いため至近距離で目が合ってしまい、望美はまるで顔が沸騰したように赤く染まった。
「…望美さん、熱、ありますね」
「え…」
「熱ですよ、熱。今日はやけに顔が赤いとは思っていたんですけど…」
そう言われれば、今朝から頭が少し重い気がする。
熱いのは恥ずかしさのためかと思っていたが、どうやら熱も原因の一つだったらしい。
「いけませんね、すぐに休んでください。僕がついてますから」
「え…、弁慶さんは私に気にせずに帰って下さい!お仕事もたくさんあるんでしょう!?」
「君が心配で仕事なんて捗りませんよ」
「うつっちゃいますよ!」
「それもいいですね、僕が熱を出したらぜひ君に看病してもらいたいな」
「弁慶さんっ!」
「望美さん、そんなに興奮したら熱が上がりますよ」
若干、いや少し強引で押し切られる形で弁慶が望美に付き添うこととなった。
高貴な客人として扱われいる弁慶が、病人の世話をするなんて前代未聞だ。
もちろん使用人達はどうしたものかと、判断を鈍らせた。
今、主人たる望美の両親は仕事で不在だ。
すると、娘である望美に従うものだが、その望美はすっかり弁慶に押し切られてしまっている。
『もし、後々で問題が起こったら責任は僕が取りますから』と弁慶に言われてしまってはどうすることもできない。
望美と弁慶は部屋で二人っきりとなってしまったのだった。
* * * *
「…弁慶さん、そんなに見られていたら気になって休めません」
「僕には気にしないで、眠ってくださって構いませんよ」
そう言われても…ベットに腰掛けながら見下ろされるように見詰められて眠れるわけない。
痛いぐらいの熱い視線を感じるのだから。
「本当に…弁慶さんは帰っていいです…他の人が、朔達がついてくれますから」
「君はそんなに僕に帰ってほしいんんですか?」
「違っ…どうして弁慶さんってそんなに意地悪ばかり言うんですか…」
熱のために赤みが増した肌に、少し潤んだ瞳。
それで好きな女性が目の前にいて何も思わない男なんていない。
こうやって意地悪でもして気を紛らわさないと、とても押さえられそうになかった。
「…君が可愛すぎるから…ですよ…。そうやって無意識に僕を誘うから…」
「さ…!?誘ってなんていません!!」
「ああ、また…そんなに大きな声を出したら余計に熱が上がります」
弁慶さんがそうさせてるんでしょう!!と突っ込んでやりたい所だったが、どうやら本当に熱が上がってきたようだ。
反論する言葉を発することが辛かった。
身体が重たくて、息が上がる。
「さぁ、眠ってください…」
弁慶はそっと汗で額に張り付いた前髪を避けたやった。
「…べん…けい…さん…」
「はい?」
「…本当は…毎日…すごく楽しみなんです…弁慶さんが…来るの…」
「望美さん…」
だから…ありがとう…、と紡ぐと望美は眠りについた。
すやすやと小さな寝息が聞こえてくる。
少し乱れた掛け布団を、弁慶は掛け直してやる。
「…好きですよ…君が僕の夢を見てくれると嬉しいです」
眠る望美の額に口付けを落とすと、弁慶は部屋を後にした。
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