長編

□destiny lover
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私が目を覚ました時、弁慶さんはもういなくて朔がついていてくれた。

その時、少し寂しく感じたのはきっと気のせい。

他の誰でもなくて、弁慶さんに傍にいてほしかったなんて…そんなの何かの間違いだよ。

夢の中の弁慶さんは現実と同じでとても優しい人だった。

目を覚まして、離れるのが名残惜しい、なんて思ってしまった私を弁慶さんは言ったんだ。


『本当の僕は夢の中にはいません。どうか、現実の僕を見てください…』


弁慶さんと一緒にいると、不思議な気持ちになる。

朔や将臣君といる時はとても心が穏やかなのに、弁慶さんといると落ち着かない。

まるで、心を掻き乱されているような感じがする。

でも…嫌だとは感じない。

落ち着かないけど、それがとても心地が良くてずっとまだまだお話したいって思う。

弁慶さんのことを、もっともっと知りたいって思う。

将臣君に感じる気持ちとは違う、この気持ちは……何…?









望美と弁慶が初めて社交界で出遭ってから、早いもので二ヶ月が過ぎようとしていた。

太陽が照りつける昼時、望美の元へとやって来た弁慶は挨拶は早々こう口にした。


「望美さん、君には幼なじみの男性がいらっしゃるようですね」


唐突な言葉に望美は大きな瞳を数度瞬きした。

望美の幼なじみとは将臣と譲のことだが、おそらくは将臣のことを指しているんだろう。

弁慶に将臣の話をしたことはないはずだがなぜ知っているのだろうと、首を傾げた。

そんな望美とは対照的に、弁慶の表情にはいつもの笑みが見られなく、どこか強張っているようにさえ見えた。


「幼なじみって…将臣君のことですか?」

「将臣…というのですか、君の幼なじみは…」


望美が『将臣』と口にした時、弁慶の眉が一瞬ぴくりとつり上がった。

しかし、望美はそれには気付いていない。


「将臣君がどうかしたんですか?」

「いえ…この間、使用人の方々に君の幼なじみが男性だって聞いて少し気になって…」

「男性って…」

「君の近くに男がいると聞いて気にならないわけないでしょう」


僕は君が好きなんですからとサラリと言われてしまって、望美はワンテンポ遅れて頬を染めた。


「できれば紹介していただきたいですね、その将臣君に」

「えっ」

「もし僕が君と夫となった時、君の幼なじみとぐらい交流があった方がいいでしょう?」


…本当はそんな理由ではありませんけどね。

幼なじみということは、僕よりもずっと君の傍にいて、君の魅力も知っている。

できれば外れてほしいけれど…君のことを想っている可能性が高い。


「お、おっ、夫!?」


そんな弁慶の心境を知らない望美は、さらに頬を赤く染めた。


「ふふ…恥ずかしがっている君も可愛いですね」

「っ…弁慶さん!」


またそんなことを言う…!と悔しがりながら望美は弁慶を睨んだ。

しかし弁慶はそんなもの痛くも痒くもないといった感じに受け流した。


「ねえ、望美さん…覚えていますか?この間の君が熱を出した時、僕が来るのが毎日すごく楽しみだっていってくれたこと…」

「そんなこと…言ってません」


本当は言ったことはちゃんと覚えてる。

でも…いくら熱に魘されていたからって、あんな…恥ずかしいことを良く言えたもんだと思う。

まるで、私が弁慶さんが好きだから傍にいてほしいと思っている…そんな風なニュアンスだった。


「意地悪な人ですね」

「弁慶さんにだけは言われたくありません!!」


意地悪だなんて彼だけには言われたくない。

いつも意地悪で、それでいて優しくて、これ以上に意地悪な人はいないだろう。

ぷくっと望美は頬を膨らませた。


「望美さん」

「何ですか…」

「すみません、そんなに怒らないで下さい…」


そんな捨てられた子犬のような顔で見ないでほしいと思う。

まるでこっちが弱い者いじめをしているようだ。

本当にこの人は性質が悪い、でも嫌いにはなれないのはこの人が持つ独特の雰囲気のせいだろうか。


「別に…怒ってんなんかいませんよ」

「本当に?」

「本当です、怒ってませんよ…。弁慶さんは良い人です…分かってますから、ちゃんと…」


予想外の褒め言葉に、弁慶は口元を緩めて微笑んだ。


「望美さん…」


少しずつ、少しずつだけど、確実に望美との距離が縮んでいることを実感した。


「えっと…話を戻しますけど、将臣君を紹介してほしいって本気ですか?」

「ええ、本気です」

「…どうしてもですか」

「僕がその将臣君と会うことで何か問題があるんですか?」

「え…いえ…その…」


弁慶さんは…私を…好き、だと言ってくれる。

でも、私は将臣君が好き…小さい頃からずっと…。

その二人を会わすなんてとても気が進まない、進むわけない。


「望美さん?」

「あ、はい」

「…紹介してくれますよね?君の幼なじみを…」

「……はい」



ここで、私は将臣君が好きなんです、だから弁慶に紹介なんてできません…なんて口が裂けても言えない。


気持ちには応えられないと思っているのに、弁慶さんを傷つけたくない…。


一体いつからこんなに私の中で弁慶さんの存在が大きくなったんだろう…。


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