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□喜劇のフリした悲劇の予感
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喜劇のフリした悲劇の予感



「もうヤダ! なんで、私たちがこんなことしないといけないの!?」

 ずっと抱いていた疑問を、爆発した感情と一緒に吐き出したユズ。
 アツロウも、ミドリも、ケイスケも、明確な終わりが見えないだけあってユズと同じくらいの不安を感じていたが、だからと言って当然の不満を発したユズを「甘えるな」などと責めることは誰にも出来なかった。
 東京封鎖が行われて5日目。ユズには限界が来ていた。
「もう、イヤ……イヤだよ……」
 ユズは蹲り、その場から動こうとしない。
 爆発は突然だった。特別、悪魔使いだからと追われたワケでも、悪魔に殺されかけたワケでもない。しかし現状を把握しつつあったユズは自分なりに色々考え、その結果、最悪の終りしか見つからず、投げ出そうとしている。
 精神的に、尋常ではない緊張に襲われている。それをどうにか出来るのか、と考えると、3人には何も出来なかった。正直、同じことは何度も思った。投げ出そうとしたこともあった。それを表に出したかそうではないかの違いだけ。
 アツロウはどうにかしてユズを立ち直らせる必要があると思ったが、その「どうにか」が分からず、かける言葉も見つからない。3人は途方に暮れた。
「ユズ、ユズ」
 ユズと、3人を余所に赤が侵食している空を眺めていたアヤノが、ユズの肩を軽く叩く。
 ユズがそれに反応し弱々しく顔を上げると、アヤノは同じようにしゃがみ、向い合った。
「……なに……?」
 泣きそうだが、泣いていないユズ。涙を我慢しているだけでも立派だ。
 そんなユズとは対照的に、アヤノは小さく笑みを浮かべた。そして、ユズの口の端に指を当てると、くいっと上げる。
「ふぇ!?」
「口角、上げて?」
 お願いするような口調のくせに、無理矢理上げているアヤノ。周りの者は誰一人としてアヤノの行動について行けていない。
「な、……何するの!」
 呆然としていたユズはアヤノの手を振り払うと、勢いに任せて立ち上がり、叫んだ。怒りたいワケではないのに、爆発した感情は怒りにしか変換されない。
「……口角上げたら……幸せなときに出るホルモンと同じものが、出るんだって」
「……なに、それ……こんな、こんな状況、どうやって楽しめばいいのよ……!」
 アヤノに怒鳴りたくなんてないとユズは思う。しかし口が勝手に動く。
「楽しんでる人なんて、ほんのちょっとだよ。楽しまなくていいよ。口角、上げるだけ」
「……っ……ムリだよぉ……」
 ユズを倣うように立ち上がると、アヤノはまた同じことを言う。
 しかしユズには、口元はきつく結ぶことしかできない。
「大丈夫だよ。指で上げれるよ」
 もう一度、ユズの口の両端に指をやる。
「……ムリヤリなのに、楽しくなるはずないよ……」
 アヤノの指の力で無理に口角が上げられているユズは、無抵抗のまま力なく呟く。
「大丈夫」

「おれが、なんとかするよ」

 励ましの次に並べられた言葉。その言葉に、ユズは目を見開いた。
 きっと、数日前ならその言葉を素直に喜んで受け入れていた。やっぱり自分が好きになったこの人は頼もしい、と。しかし今のユズには、その言葉は酷く悲しく、不吉なものにしか聞こえない。それでも……頼るものは他にないことも、本能が薄々、理解していた。
「……アヤノ……」
「みんな、心配してるし、同じこと、思ってるよ」
 優しく伝えられ、ユズは複雑な面持ちをしている3人を見た。アツロウはユズに何と言葉をかけるか悩み、ミドリはユズを立ち上がらせる方法に悩み、ケイスケはどうやって少しでも明るい気持ちにさせるか、悩んでいた。
「…………ごめん……」
「あ、……謝る必要、ないって。ユズの言ってることはさ、当たり前のことだぜ」
「そうですよ! むしろ、正義のヒーローとしてちゃんとやってます!」
「どうなるか分からないけど……やってみるだけ、やってみよう。ここまで来たんだ」
 順にユズを自分なりの言葉で励ます。ユズはぎゅっと口を強く結ぶ。
「あ、ダメ。口角上げて」
 ユズの変化に気付いたアヤノがまた上げようとするが、今度はユズ自ら無理矢理だが口角を上げた。
「……こう、でしょ……? 分かったよ……もう、このくらい、自分で出来るよ……」
 目元にうっすらと涙を浮かべながら、しっかりと口角だけは上げる。すると、本当に不思議な感覚が溢れてくる。
「あ、あれ……? なんか、ホントに……楽しい気がしてきた……」
「へへっ、ホルモンと気の持ちようのお陰か?」
「う……うん……そうなのかな」
 何も嬉しいことなどなかったはず、希望もなかったはず。それでも楽しいときに感じるのと同じものがユズの中で顔を覗かせる。
「それじゃあ、また頑張って行こ! 今度は、え〜っと……」
「永田町はどうかな?」
「あそこは結構被害がすごかったよな……イヤな悪魔に会わなけりゃいいな!」
「ちょっと、アツロウ! せっかく、人が立ち直りかけてるのに、イヤなこと言わないでよ!」
「……悪魔よりアツロウが『イヤ』なんだね」
「え、ちょ、ヒドッ」
 再び普段の雰囲気を取り戻し始めたことで、安堵感の全員を包む。
 アツロウたちが先頭でやる気を見せている中、少し離れた場所で、ユズがアヤノにそっと声をかける。
「アヤノ」
「なに?」
「……アヤノ、なんとか、してくれるの?」
「うん、するよ」
「……どうして、言い切れるの?」
「だって、するから」
 言葉の意味が分からない。しかしアヤノには何か、感じるものがあるのだろう。あるいは、どうすることが良いのか理解しているのかもしれない。
 ユズには分からないこと。このまま、アヤノに『何か』をさせて良い気がしない。
「……じゃあ、さ……なんとかしたら、きっと……ムリヤリじゃなくて、本当に嬉しいって、思えるよね」
 ベル・デルを倒した瞬間から、アヤノから感じる違和感が増していくことを見過ごせなかった。見過ごせなかったが、止める術はない。
「アヤノ……お願い、ね」
「うん」
 結局、頼ってしまう。しかしアヤノの言葉はとても甘い。頼ってばかりはダメなんだと、理解していても頼ってしまう。今のユズには、その結果が幸せであることを願うしかない。

 嫌な予感しかしない。外れる気もしない。それでも―――この予感が外れて、本当の喜劇になると、淡い期待を抱いている。



end
(実は「5日目・永田町」だから、このあとナオヤとご対面。やっぱり挫けそうになるユズ。でもナオヤと無言で精神的に戦った後は何とか口角上げて耐えてるよ。それでも、魔王ルートなんだ……)

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