暫時を唄う御伽噺

□恋の病 愛の薬
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の病
  の薬




「あー……お医者さんごっこしてぇ……」
 唐突に空に投げられたその呟きを拾った者は、幸いにしてレイアのみ。
 と、いうよりも、レイアしか呟いた本人であるアルヴィンの近くにいなかった。
「……どうしたのアルヴィン君。頭、ワイた? ジュードは脳神経系、習ってたかなぁ……」
 レイアは拾った言葉から、アルヴィンが今一体どういう状態異常にかかっているのかを推測する。
 明らかに真昼に零す言葉ではないそれを受け、レイアはアルヴィンが錯乱状態だと決めつけた。
「おいおいそりゃないだろ……。俺は今、ジュード君にピッタリのシチュエーチョンを大真面目に考えているっていうのに……」
 アルヴィンの話に真面目に付き合う気がなかったレイアだったが、あからさまに自分へネタふりしているアルヴィンに、視線だけ寄越してみた。
「何ソレ。……夜の話?」
「おう」
 その期待通りの即答に、レイアは打って変わって周囲をサッサッと見渡し、アルヴィンとの距離を詰める。
 そして眼差しをややキツくして小声で話しかけた。
「ちょっと……こっそり聞かせてよっ」
「レイア? アルヴィン? ……何してるの?」
 ぎくり、二人の肩が同時に跳ね上がる。
 さっきの簡易的な確認が全く役に立っていない形で二人に話しかけた話の種ジュードに、二人は顔を見合わせてから苦笑を浮かべる。
「えっ? ……いや、何でもないぜ」
「そそそそそうよ! アルヴィン君とちょっと下らない話するだけよ!」
 アルヴィンは思わず、レイアのその吃音に『隠す気はあるのか?』と訊きたくなる。
 二人の―――特にレイアの反応で、ジュードは思いきり怪訝な表情を浮かべた。
「? …………そう。なら、いいけど……」
 怪訝な上に、何やら他の感情を乗せた表情までするジュード。
 アルヴィンはおや? と思い声をかけようかとも迷ったが、今ここでレイアを放り出してジュードに添っても、何だか言い訳がましくますます怪しまれるだろうと考えた。
 ジュードはほんのり暗くなった顔で、恋人と幼馴染を気遣い、離れていった。
 ほっと息を吐き、愛しい恋人または幼馴染であるジュードを見送ってから、アルヴィンとレイアは向き合う。
「……下らないなんて言うなよ。俺とジュードの愛の営みだぜ?」
 自慢げに胸を張るアルヴィンに、レイアはケッ! と小さく吐き捨てる。
 アルヴィン個人が嫌いなわけではないが、恋敵の一人と思えば、憎さ妬みが増すのは致し方ないというもの。
「はいはい愛ね愛愛愛! そんなのどうでもいいから」
「世知辛いねぇ。……ま、お言葉に甘えて本題に入らせてもらうけど」
 アルヴィン自身、ジュードが様々な人間から色々な方面の『好意』を抱かれる人間だと理解していて、それを承知で恋人という座を勝ち取ったのだ。
 この程度の、相手も揶揄半分で投げてくる敵意など、可愛らしいものだ。
 残念なことに、そう感じてしまうほど、ジュードの奪い合いは熾烈を極めていた。(ジュードの恋心はアルヴィンのものだったが、周囲が勝手にオーバーヒートしていたのだから、迷惑極まりない争いである)
 だからこそレイアのライバル心剥き出しながら協力的な態度に応じて、相談できるのだ。
「実はさ、お医者さんごっこしたい気分なんだよなぁー……」
「じゃあ、すれば良いじゃない。真夜中に特別診察……医者ならシチュに沿った道具も豊富よねっ」
 何も悩む必要なんてない、とレイアが冷静に答える。
 ……健全な15歳の少女が当然のように受け答えするのはどうかと思う内容だが。
「でも白衣とかそういうの持ってるの、ジュードの方だろ? それにジュードは医師を志してるワケだし、そんな人間に間違った知識を入れるのはねぇ〜……」
 アルヴィンの見当違いな心配事に、レイアが呆れた顔をする。
 ワザとか? ワザとなのか? と、レイアが疑わしげにアルヴィンをまじまじと見つめ、軽く鼻で笑った。
「何そのズレた気遣い。ジュードだって『こういうプレイだ』って言えば分かるわよ。アルヴィン君と違ってバカじゃないし」
「コラコラさらりと人を罵るな。あ〜……だけど冗談抜きで、ジュードに『先生』って言われてぇ……調教してぇ……じゃなかった教授か……」
 青い空を仰ぎながら、ぼそぼそと欲求不満を解放しようと願望を語り始める。
 そんな大人の話を聞かされても、空も困るだろうに。
「うっわぁ……。ズレた気遣いと一緒に脳ミソまでズレ始めたの?」
「ネタを提供してやろうっていう人間に何てコトを……」
 ネタ―――そう、レイアがアルヴィンの相談に乗る理由はコレもある。
 レイアは二人から話(と言ってもほぼアルヴィンの言が8割、具体的な話になれば10割だが)を提供してもらい、密に個人的な本を作成しているのだ。
 もちろんジュードに恋心はあるが、それとこれとは別なんだと、『ジュード受け』ばかり妄想を走らせている。
 レイア曰く「アルジュでもガイジュでもウィンジュでもアグジュでも魔物モブキャラ相手でも何でもござれ!」らしく、攻めに関しては節操無しのご様子。
 しかし流石のアルヴィンも恋人として、例え妄想だろうが個人の本だろうがジュードが他の相手とあんなコトこんなコトしているのは我慢ならない。
 アルヴィンの不貞腐れた呟きで、レイアもてへっと可愛く謝ってから、思案をしてくれる。
 レイアからすると、当事者と共に想像(妄想)する今この瞬間は、妄想の幅が広がる大切な時間であり、浮足立つ勢いだ。
「……先生、ならさ……アルヴィン君、そっちの先生じゃない先生になれば?」
「はぁ? ……どっちの先生だ?」
「だから、医者じゃなくてー……例えば、ガッコの先生、とか……」
 察し悪いなーと文句を零しながらそこまで言ってやると、アルヴィンの目がきらきらと輝く。
 まるで少年のような、童心に帰った表情だ。
「学校の先生……教師……!」
「あとは……、保健教諭、とか?」
「うおぉっ!!」
 男性のいつまでも少年的な部分も好きなレイアは、その幼さがかかった目に良い顔してるなと少しだけ感心したのに、あまりにも反応がアレなので一気に冷めた顔になる。
 アルヴィンの過剰な反応のせいで、周囲にいた人たちが怪しい人を見る目付きで見てくるのもマイナス点。
「…………」
「ま、眩しい……! ビバ☆教師! ブラボー☆生徒……!」
「ヘンターイ……。でも、そういうコトするための衣装、あるの?」
 だがネタのためには耐えねばならないこともある、そのため気持ちだけ先走っているアルヴィンに優しさで冷たく問うてみる。
「……………………」
「……………………」
 アルヴィンが失念に気付き沈黙すると、レイアも釣られて沈黙してしまう。
 つい先ほどまで騒がしかったのに何だ何だと、周囲の人もちらちら様子を窺うほどに、二人はしーん……と沈んでしまった。
「……ちょっと旅に行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
 そう言って、アルヴィンは颯爽とお宝目指して街中を奔走し始めたのだった。
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